リスクマネジメント=半グレ(3)

 半グレとは――――。

 非行に走った若者が、更生することなく成人し、社会から弾かれ、犯罪を生業にする道を選んだ者。

 あるいわ、組を追い出された構成員などが、寄り集まり、独自の組織形態を成した暴力集団。


 この半グレが非常に危険だ。


 ヤクザには、その世界での流儀や作法がある。

 弟分の失敗は兄貴分の不手際。

 組の醜態はかしらの監督不行き届き。

 下の人間が問題を起こせば、ヤクザと言えど、組の長が責任を取らされる。

 その他、組の方針を示す為、メディアに姿をさらし、意思表示を見せるなど、社会での立ち振る舞いも気にする。


 近年、暴力団排除条例により、暴力団は活動を抑え付けられている為、出方や身の振り方に慎重だ。


 しかし、半グレは烏合の衆。

 組織として構成されておらず、その実態が掴めない。

 その為、犯罪集団を抑え込む、どの条例にも当てはまらない。


 だが、そこには元暴力団の組員が存在するなど、凶悪なヤクザと、同じ形態をなしている。


 歯止めを利かせるかしらも、危惧する条例もない。

 暴れたいように暴れ、奪えるだけ他人から奪う。

 半グレは、社会の外側から、獲物が罠にかかるのを待っている。


 こういう手合いは、暴力団との繋がりを、否応いやおうでもニオわせるものだ。

 何より、暴力団にとって、半グレは使い勝手のいい捨て駒。

 半グレから暴力団を追っても、その糸口が途絶えてしまうことは、捜査の上ではジレンマになる。


 その為にも、日本の捜査機関には、垂らした糸に雑魚がかかり、その雑魚をえさにして、大魚を釣る為の”新たな宝刀”が必要だ。


 滝馬室は、社会における犯罪の細分化と増殖に、皮肉を言わずにはいられなかった。

 彼は呟くように言う。


「躍る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら、躍らな、損損……てな」


 優妃が右頰にかかる、ボブショートの髪から、怪訝な顔を見せ返す。


「タキさん。意味が解りません」


 この辺りの比喩は、若手刑事の優妃より、警察にいる先覚者同士と言うべきか、滝馬室の皮肉を諏訪警部補が要約する。


「悪い奴ってのは、すぐに馴れ合う。連中を捕まえるなら、警察も馴れ合うのが手っ取り早い。同じ阿呆になって、躍るふりして捕まえるのさ」


 優妃は少し、困惑しながら言う。


「ですが、それは市民の模範となるべく警察には、風紀上の問題があります」


 警視庁の刑事部で、華々しい活躍を夢見る優妃にしてみれば、諏訪警部補の話は異質な内容に聞こえたかもしれない。

 滝馬室は、彼女に公安警察の活動を知ってもらうには、いい機械だと考え、あえて口を挟まずにいた。


 諏訪警部補は続ける。


「警察内部の風紀は、九〇年代に比べて厳格になった。アングラ連中と繋がりを持てば、その警察官も同じような目で見られる。だから、お前達のような役割が必要になるのさ」


「私達の監視班にですか?」優妃が首をかしげる。


「あぁ、そうだ。警察の身分を伏せ、一般人として溶け込み、どんな相手にも合わせられ、事件性になりうる情報を保持する」


 彼は滝馬室と優妃の二人を交互に見ながら、含みを持たせた言い方をした。


「警察の代わりに、小さな情報も汲み上げる代行人。言うなれば、警察代理店・・・・・だな……事が起きる前に、事件を見つけちまうんだ。その意義は大きい」


 それを聞いた、小柄な女性刑事の瞳が、愛らしい子犬のように潤んだ。


 警部補の人心身掌握術に、まんまと取り込まれる優妃の若さを、滝馬室は心の内で笑う。


 サードパーティーは公安部の情報屋も兼ねている。

 二〇〇〇年以降、警察官による、不祥事が目立ち、警察内部の風紀を、厳しく取り締まる方針が打ち出された。

 情報屋を利用していた刑事達は、どことも素性が知れない、アウトサイダーとの馴れ合いが、警察内部での立ち位置や、出世に影響することを懸念し、彼らと距離を置いた。

 

 しかし、組織犯罪などは、ある程度、裏社会に精通した、情報を持つ存在が必要になる。

 外側がダメなら内側から排出すれいい。

 

 そこで滝馬室は、監視任務のかたわら、組織犯罪に関する情報を収集し、刑事に提供出来るネタを保持している。

 

 滝馬室が営業をかける先も、ただの顧客ではない。

 そのほとんどが、警察に連行された経験を持つ人間や、刑罰を受けて服役中の囚人の身内。

 あるいわ、犯罪組織と関わりがあったが、表面化しなかった企業や団体の人間だ。

 そのような人物達から、話を聞き、別の客を開拓。

 更に、その客から藁しべ長者のように、客を紹介してもらう。

 こうすることで、サードパーティーは、情報のネットワークを広げている。

 

 情報を集めるには、警察官の身分を偽り、一般人に紛れるほうが都合いい。

 左遷という名目で、警察から遠ざかるのも、裏社会から警察であることを悟らせない為でもある。

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