リスクマネジメント=半グレ(2)

 別の取調室へ移ると、これまでの取り調べと、雰囲気が一転する。

 

 耳は銀のトゲトゲしいピアスを飾った、モヒカン頭の男は、席から立ち上がり、威勢よく吠えていた。

 この被疑者の悪態を付く言い方から、知性の欠片も読み取れない。


「お前らマッポなんかに、びびるかよ!」


 とはいえ、十月の冷え込む時期、暖房が利いてはいるが、取調室も冷え込んでいる。

 モヒカン頭は、薄い黒のタンクトップを着ている為、寒いのか、小刻みに震えている。


 警察の取り調べは、元々、雷雨のごとき罵倒で相手を威圧する。

 犯罪者に舐められば、取り調べの主導権を握れなくなるからだ。

 罵声には罵声で対抗する。


「上等だコノヤロー!!」


 前のめりになった、刑事の気迫に負け、モヒカン頭は目を丸くして座る。

 むしろ腰が抜けて、沈んだように見えた。


 相手は警察内でも、鬼すら泣かせてしまうであろう、捜査二課。

 尻すぼみするのは当然。


 滝馬室の側にいる優妃は、あきれ顔で吐露する。


「どう見ても、ただの馬鹿ですね?」


 滝馬室が、ある懸念を抱き、諏訪警部補に聞く。


「取り調べの可視化の時代に、あんなに大声出して、大丈夫ですか?」


 諏訪警部補は、小さく笑いながら答える。


「この部屋のカメラは切っている。なかなか話が通じん奴で、取り調べが前に進まない。録画を始めても無駄撮りさ。それに、今の時間、職員も少ないから、問題ないだろ?」


 諏訪警部補は続ける。


「こいつはグループ内で偵察を担当する【益戸】 被害者に電話をかけて、相手が年寄りかどうかを調べた男だ。元暴走族のメンバーで、見ての通り、物を知らん奴でな」


 身体を震わせるのは、室内の寒気からなのか、目の前の刑事に対する恐怖心なのなか、今では、モヒカンがしなびて見える。

 益戸は失った声を、絞り出すように言う。


「おおおお、俺は……あの人に誘われて……ややや、やっただけだ……すぐ金になる仕事があるからって言われて……」


 詐欺を免れた主婦が言う、やたらと、声が大きく、ちょっと下品な物言いは、こいつかぁ……。

 この、馬と鹿が取っ組み合いをして、絶命する際、どちらの断末魔か解らないような声じゃ、人を話術で騙すのは無理だろうな。


 優妃は嫌気が差したのか、猫目を回して言う。


「どいつもこいつも、二言目には同じことばかり」


*****


 次の取調室では、活動拠点で手痛い目にあったからか、滝馬室には生理的に嫌悪する被疑者だ。


 黒いジャージ、染めた金髪は、地球の重力に逆らうように、立ち上がっている。

 生え際から覗く黒髪を、染めずにいる所を見ると、ずぼらな性格なのがうかがえる。

 長身で体格も、しっかりしており、危険な雰囲気をかもし出すチンピラ。

 大股で座る足を投げ出して、横柄おうへいな態度を見せる。


「なぁ、弁護士を呼んでくれよ」


 被疑者と対照的に、取り調べを担当する刑事は、姿勢を正して返す。


「顧問弁護士がいるなら、わたくし達の方で、連絡します」


「あぁ~、顧問とかはいなくてさぁ」


「なるほど、では、国選弁護人を希望されますか?」


「よくわかんねえけど、こういう時さぁ、弁護士が守ってくれんだろ」


 担当の刑事は、噛みあわない会話に困惑する。


 この印象から、四十代の主婦が証言した、丁寧で、落ち着いた会社員みたいな声……とは程遠い気がするが?

 

 優妃は猫目を尖らせ、最大限の蔑視を向けて言う。


「本当、馬鹿ばっかり」


 諏訪警部補の説明が入る。


「元暴走族のあたまを張っていた【田代】 二十六歳。あの威勢のいいモヒカン頭は、この男が連れてきた舎弟だ。二人とも族を抜けたが、社会に馴染めず、族の延長で詐欺グループに入ったらしい」


 優妃は首をひねり、ボブショートの髪を揺らし、呆れながら言う。


「どうりで行儀が悪いはずですね」


 彼女の言う「行儀が悪い」とは、強制捜査の際、大暴れしたことだ。

 諏訪警部補は付け足す。


「だが、族を束ねる統率力と、度胸の座ったところがあってか、今でもこいつを慕う族連中はいる。一時期、ヤクザとも繋がりがあったが、誰彼かわまず襲うから、組にも入れなかったようだ。いわゆる”半グレ”だな」


「半グレ? ここ何年かで増えて、警察も手を焼いている輩ですね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る