リスクマネジメント=半グレ(1)

 警察の取り調べが初めてなのか、被疑者の唇は震え、冷や汗が止まらないのか、額に光る物が見える。

 録画の始まったカメラに、証言を撮られるというのも、精神を圧迫しているに違いない。

 彼を取り調べる刑事は、静かに聞く。


「では、もう一度、聞きますので、解る範囲で答えて下さい。あなたは、詐欺グループの一員ですか?」


 刑事の質問に、垂れた目は見開き、世話しなく片足を揺する。

 うだつが上がらない男は、狼狽えなが返す。


「も、も、黙秘だ……お、俺は黙秘するぞ。それに俺は、誘われてグループに入ったんだ。で、電話帳に載ってるジジイとババァが一人暮らしか、調べるのが仕事で、俺は騙しはやってない!」


 それを硝子越しに見る優妃は、唖然として言う。


「黙秘と言いながら、随分と情報を漏らしますね?」


 諏訪警部補の計らいで、取調室を傍観出来る隣室へ、案内された滝馬室と優妃は、その様子を見ていた。

 硝子はマジックミラーにより、被疑者の方からは、ただの鏡に見える。


 いい加減、垂れ目やうだつの上がらないと言う、呼び方も悪い気がするな。


 諏訪警部補が簡素な説明をした。


「こいつはグループ内で雑用を担当する【小向】 二十一歳。高校卒業後、就職するが、一ヶ月で辞めて職を転々としていたが、今は仕事も何もしていない無職だ」


 滝馬室は小向の垂れ目を眺め、一言添える。


「若いのに、苦労が顔から滲み出てるな」


「フラフラしてた時に、前に勤めた運送会社の同僚に、誘われて詐欺グループに入ったらしい」


 優妃が返す。


「その同僚というのは?」 


*****


 別の取調室に移動した三人は、硝子越しに、室内の異様な様子を見ていた。


 部屋は変わっても、取り調べの進行は変わらないようで、一回り以上、下の被疑者と、対峙する別の中年刑事は、丁寧な口調で聞く。


「あなたに詐欺行為を指示したのは誰ですか?」


 パーカーを着た若い被疑者は、長い黒髪を首の後ろで縛りり、レンズの細い眼鏡をかけている。

 レンズの奥の目は、一重まぶたが鋭く尖っていた。

 被疑者は答える。


「詐欺については話します。でも、詐欺を指示した奴までは話せません」


「それは、何故ですか?」


「話せば報復されるかもしれないので、僕の安全が保障されるまで、話すことは出来ません」


「なるほど」


 活動拠点としていたマンションでは、あざけるような態度だったが、捕まれば誰とて、神妙に成らざるえない。

 だが、この状況で取り乱すことなく、刑事と向き合う若い被疑者に、滝馬室は感心を寄せる。


 駆け引きの上手い奴だ。

 被害を受けた、修繕費にあえぐ老人が言っていた「かなり若い学生で、とにかく話が上手い」というのは、この男かもしれない――――。


 マジックミラーから観察する、滝馬室と優妃に、諏訪警部補は説明した。


「こいつは、グループで集金を担当する【口野】 二十四歳。いわゆる、出し子だ。小向とは、同じ運送会社で働いていて、詐欺に勧誘したのはこいつだ」


 滝馬室は事件に消極的だが、取り調べを受ける若い男を見て、何と無しに気になってしまい、諏訪警部補に尋ねる。


「詐欺を働く前は何を?」

 

 滝馬室が食い付いたことで、諏訪警部補は、少し嬉しそうに口角を上げた。


「こいつ、詐欺犯のクセに、東大を出ているらしい。卒業後、就職。だが、仕事が合わず退職後、仕方なく運送会社でアルバイトをしていたようだ」

 

 その時、滝馬室は気になった理由に気付き、奇声を上げた。


 彼は優妃と諏訪から受ける、奇異な眼差しに萎縮すると、優妃に投げかける。


「誰かに似てるなぁ~と、思ってたんだけど、加賀美君に雰囲気が似てるんだよね」


「そうですか?」


「ほら、加賀美君も東大出てるだろ? あいつのインテリ感丸出しの眼鏡とか、鼻に付くし」


「そうですね……なとなく、キモチ悪いというか……」優妃も同調する。


「加賀美君の目つき、何考えているかわからないし」


「加賀美さん。高学歴だからか、どことなく回りを下に見ている感じがして、この被疑者と近しい気がします」


「だろ?」


 諏訪警部補は呆れながら、二人のやりとりに挟み込む。


「お前たちのチームは仲が悪いのか?」

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