諏訪という風来坊
四十五歳
階級は警部補。
刑事部・捜査二課・特別捜査第二係。
第二係は主に、詐欺、背任行為、横領に係る犯罪捜査を担当部署。
誰しも、この諏訪という男と会うと、風変わりな人間という印象を受ける。
それもそのはず、彼は警察官になる前は、銀行勤めという異色の経歴の持ち主。
彼の波乱万丈の人生は、大学卒業後、大手銀行に就職したことから始まる。
当時、大手銀行の幹部が、改変前の財務省、旧大蔵省官僚との癒着が問題になり、それを切っ掛けに、次々と交際費を利用した、銀行の役員と官僚の違法な接待や汚職が明るみになる。
諏訪が勤める銀行も、一枚噛んでおり、世間のバッシングを受けた。
将来の夢や希望を抱いて入った場所に、失望した彼は、銀行を去ることを決意。
その時の経験で、思うところがあったのだろう。
彼は地方公務員試験を受け合格。
新たなスタート場所を警察に求めた。
元銀行員というのがあり、現在は捜査二課にいるが、前の部署は滝馬室と同じ公安部。
厳密に言えば、サード・パーティーに席を置いていた。
階級は滝馬室より下ではあるが、警察の上下関係は、階級のみで決まるとは限らない。
現場の警察官は普段、それぞれの持ち場にて職務に殉じているが、警察は事件が大きければ大きい程、導入される捜査員の規模は増える。
どの立ち位置の人間が、どの業務を担当する人物を動かすかなど、迅速な対応が必要な捜査現場で、選定するだけで時間がかかってしまう。
ただてさえ、警察は一都市にしても大所帯。
現場で得られた膨大な情報は、
その為、警察庁、都道府県の本庁に勤める警察官僚が、捜査の舵を取り、地域に根付く方面本部、警察署、交番などが網を敷く。
こうして指揮系統を明確にし、一本化することで、組織内の混乱を治めている。
が、それぞれの持ち場では、経験が物を言い、長く在籍する者がチームを牽引。
公安の現場で、滝馬室に内偵のいろはを叩き込んだのは、この諏訪だ。
卓越した捜査能力と豊富な現場経験。
滝馬室にとって、技術も人間としても学ぶべきとこが多く、頼れる先輩である反面、風来坊で公安警察の経験者。
今だに、食えない男という印象だ。
いささか黒い噂を聞くこともある。
本庁の公安部に在籍していた際、あえて違法捜査に荷担して、本部内の悪徳警官をあぶり出したり、内偵対象の交友関係から、対象の女性関係に
時には、そういった女性と結婚することで、内偵対象と深い繋がりを作ることも持さない。
しかし当然、そのような結婚生活が上手く行くはずもなく、公安という特異性もあいまって、現在は一人身。
警察でも私生活においても、風任せで生きているような男だ。
聞けば諏訪は、公安部を希望して異動となった。
滝馬室は彼に、その理由を聞いたことがある。
答えは――――――――。
「世の中には流れがある。物、金、人、時代……その流れは、普段は穏やかだが、何かのきっかけで激流になる。俺はその激流になるきっかけを、公安という、国を保安する立場から見てみたいのさ」
やはり普通の人間と違い、浮き世だっている。
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