「ワルキューレ」家宅捜索騎兵隊(7)

「タキさん!? 何やっているんですか?」

 

 破壊力のある一撃を受け止めた、滝馬室の背で驚く優妃に、抵抗する力の一部を声帯に回し、振り絞る。


「君は……大切なウチの部下だ……上司として、守るのは当然だ」


「社長……」


 彼は自身の部下を、身を呈して守ったことで、一つの責務を果たしたと満足した。

 優越感に浸る滝馬室に、優妃は一言返す。

 

「社長! 邪魔です、どいて下さい!」


「な、何ぃ!?」


 有に事欠いて、身を呈して守った上司を邪魔だと言うのか?


 意外な返しに、パイプ椅子を掴む腕の力が抜け、金属バットの攻撃に押される。

 滝馬室がよろめくところへ、ジャージ男はバットを上げ、振り下ろし、何度も何度もパイプ椅子に叩き付けた。 


 今まで感じたことの無い重力がのしかかり、手に持つパイプ椅子を通じて、滝馬室の全身に衝撃が走る。

 滝馬室は耐えきれなくなり、膝から崩れ、床に倒れた。


 金髪ジャージは、スーツの中年男を沈めると、再び、優妃に敵意を向けた 


 滝馬室は、地を這いずりながら彼女の身を案ずる。


「優妃さん、逃げろ!」


 金髪の男は金属バットを向けて威嚇する。

 しかし、そんな脅しは返って、この女の純朴な正義を刺激するだけだった。

 凶悪な相手に出くわし、優妃の内にくすぶる、刑事魂に火が付く。


 彼女は、滝馬室が床に投げた、パイプ椅子の脚と脚を繋ぐ、補強に視線を移し、足下でひっくり返る椅子に、パンプスを履いた足で、勢いよく補強を蹴り落とす。


 椅子から外れた、鉄の棒を右手で拾うと、棒の隅を持ち、反対側の切っ先を金髪の男に向け構えた。


 鉄の棒は優妃の細身の腕と、同じくらいの長さで、とても、金属バットのリーチに対抗出来る物ではない。


 それを見た金髪の男は、彼女を鼻で笑った。


 逮捕術において、相手が凶器を持っていた場合、その長さを上回る武器で対抗する。

 ナイフなら、より長い警棒。

 刀なら、槍のように長い棒。

 確実に危険人物を制圧でき、それでいで、自身の生命を守ることも考慮せねばならない。


 優妃が手にした鉄の棒は、彼女の細い腕と、同じくらいの長さだ。

 どう考えても、より長い金属バットに対抗できるはずがない。

 

 優妃が何をするのか、予測が付くと、滝馬室は身の毛もよ立つ想像が巡り、彼女を必死で止めようとした。


「優妃さん!? 無茶はやめろ!」


 彼女はタイトスカートの裾が、破れるのではないかと思うくらい、足を開き、足場を固め、身体を動きやすくするため、深く息を吸い、全身の血液に酸素を十分回すと、一気に吐き出す。

 空いた片手は拳を作り、胸に寄せて身構える。

 右頰にかかるボブショートが、吐き出された息で揺らぐと、猫目を鋭く尖らせ、臨戦態勢に入った。

 

 金髪の男が、金属バットを振り上げると、優妃の脳天めがけて上段から振り落とす――――――――。


 すると、優妃は一歩後退し、身体を下がらせながら、手にした棒を金属バットの先端に当てて弾く。

 

 目標を見失った金属バットは、空振からぶると、金髪ジャージの男は、バットに振り回されつんのめになる。


 ジャージの男は、何が起きたのか解らず、困惑した。


 簡単な物理の勉強だ。

 腕力に自信があっても、握ったバットの柄から、先端までの力の伝わり方は、波の波紋のように徐々に弱くなって行く。

 天野・優妃は、その伝わる力が弱い、先端部分に渾身の一撃を与えたまで。

 

 逆に彼女が手に持つ短い棒は、相手の金属バットの半分の長さ。

 短い分、柄から先端までの力の伝わり方は均一。

 彼女が相手の凶器より短いリーチで勝負を挑んだのは、そんな算段があってのことだ。


 優妃の奇策に、長年刑事をしてきた滝馬室も驚きを隠せない。


 再びバットを振り上げ、構える女から目を離さず、一気に降ろす。


 すると彼女は、足を動かすことなく、その場で鉄の棒をバットの中間に叩きつける。

 乾いた金属同士のぶつかる音が、室内に響くと、優妃が当てた鉄の棒が、振り下ろされたバットの軌道を逸らした。


 金属バットは、優妃の肩をかすめ、床に叩き付けられる。

 優妃は何歩か後退し、距離を取った。


 しかし、今のは危ない。

 優妃に取って冒険だった。

 二回目の時、力が均一に働く、バットの二分の一の長さに当てに行った。

 女より腕力が強いであろう、金髪の男に力で押される。

 身の危険を感じて、身体を後退させたのは、その為だ。


 だが、一回二回と歩調を取ったことで、優妃は距離感を掴んだのが見て取れる。

 コツを掴んだ彼女に対し、相手を女だとナメてかかっていた黒ジャージも、本気になった。

 

 間違いない。

 次の三回目で勝負が決まる。

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