「ワルキューレ」家宅捜索騎兵隊(6)

 ワルキューレとは――――北欧神話に登場する、戦場で英雄として散った戦死者の魂を天界へと導く、女神の軍勢。

 

 暴れ逃げ回る犯罪集団を確保し、連行する捜査員達が心なしか、天馬に騎乗し、天空を勇ましく駆け抜け、戦場から英霊をすくい上げるワルキューレと重なる。 

 

 洪水のようになだれ込み、犯罪集団を追いかけ回す捜査員達は、不穏な波に揺さぶられ、発生した強風と共に舞い降りた軍畑いくさばの女神。

 天馬から、槍で戦場をはやし立てる姿は、ヴァイオリンやヴィオラの旋律に聞こえる。 

 

 室内に所狭しと走り回る小悪党は、強風に居住空間を追われ、逃げ惑う小動物を思わせるフルート。

 

 入り交じる、誰の物とも解らない怒号は、雷鳴を轟かすトランペットに撒き散らされる書類や悪党が投げつける、携帯電話やペン立ては、豪雨のように吹き荒れる野太いトロンボーンの音。

 

 騒々しく床を駆ける靴の音は、灰色の空を強風と共に駆け抜ける、天馬の樋爪を思わせ、その響きはドラムの音に似ている。

 

 どれもこれも、力強い音を響かせるが、致命的な欠点を浮き彫りにする。

 

 ――――――――ここには、指揮棒タクトを振るう指揮者がいない。

 

 オーケストラは種類も奏でる音も違う楽器を、指揮者が振るうタクトで、リズムを操作して、一つの音楽として揃える。

 それはまるで、一降りで獣を従わせる、猛獣使いのようだ。

 

 指揮者不在の壇上で楽器達は、己が思うままに音を発し、猛獣のように吠え、暴れ回ると、不協和音を作り、神々が降り立つ前の混沌を生み出す。


 そう、まさに天地創造前の荒れ狂う嵐だ。

 

 こう言う時は、嵐が過ぎ去るまで待っていよう――――。


 捜査員が凶器を放した、金髪黒ジャージへ攻めもうとすると、モヒカン頭が身体を張って、守ろうとする。

 天敵に向けてパイプ椅子を振り回し応戦するが、勢いあまり背を向けたところを、体当たりしてきた三名の捜査員に抑えられた。


 男のわめく声が、玄関口で聞こえたので目線を移すと、捜査員にのしかかられた、うだつの上がらない男が、垂れ目を見開いて逃れようともがいている。

 

 また叫び声が聞こえた。

 入室してから、まったく気が休まらない部屋だ。


 滝馬室と優妃も、世話しなく振り向くと、金髪の黒ジャージ男が、刑事の腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。

 薄いサングラスを外して床に投げ捨てると、クローゼットへガニ股で足を運び、戸を乱暴に開け中から金属バットを出してきた。

 使いやすい凶器を手にしたことで、取り押さえるのが厄介になり、捜査員も距離を取って慎重に対象する。


 二名の捜査員が機転を利かせ、床に倒れたテーブルの両側を持ち上げ、盾にした。

 ドアを背にすると、通せんぼになり反撃。

 

 金髪ジャージが、真上から金属バットを振り下ろすと、二名の捜査員は、その一撃をテーブルで受け止める。

 

 しかしジャージ男の猛攻は続く。


 男は金属バットを何度も振り下ろし、捜査員を押す。

 

 テーブルは亀裂が入り、真ん中から真っ二つに折れた。

 振り下ろされた、金属バットによる最後の一撃で、二名の捜査員は同時に膝から崩れ落ちた。


 間違いない。

 この、三〇五号室を最初に訪問した時、部屋の中から金属バット持って現れた男だ。


 突破口が開くと、金髪の黒ジャージ男はドアへ進もうとするが、またも捜査員が立ちはだかる。

 モヒカン頭を抑えた者達と、腹に蹴りを食らった者。

 三名の捜査員は、意地でも部屋から出すまいと身構えた。


 ジャージ男は、ドアから出ることは無理だと踏んで、反対側の窓へ。


 滝馬室は、その動きを目で追う。


 何する気だ? まさか、三階から飛び降りて逃げるのか?

 常軌を逸している。


 その時、滝馬室の視界の隅で、小柄なモノがかすめてジャージ姿を追った。

 滝馬室は、すぐに気付き慌てて声をかける。


「優妃さん! 危ない!?」

 

 優妃は、背丈も腕力も違う相手の前に立ち塞がった。

 長身の相手に比べたら、まるで彼女は小動物。

 真っ直ぐ見つめる優妃に、金髪黒ジャージの男は叫びながら、金属バットを振り上げた。


「どけよ! このアマァ!!」


 しかし――――金属バットの一撃は、女刑事に届くことなく、その手前で弾けるような物音を響かせて止まった。




 優妃の手前でパイプ椅子が宙に浮き、バットを受け止めていた。




 ————————滝馬室は両手で掴んだパイプ椅子で、振り下ろされた金属バットを受け止めると、衝撃で苦悶の表情を作る。

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