「ワルキューレ」家宅捜索騎兵隊(5)

 同じく、壁にへばりつく優妃が、小声で問う。

 

「どうして解るんですか?」

 

「特殊詐欺事件の担当部署は、捜査二課だ。俺達の通信機器は、連中の傍受に割り込んでいたんだ……」


 優妃は胸撫で下ろす。


「良かったぁ。これで、詐欺犯を検挙出来るわ」


「何言ってんだ。状況は最低最悪だ。彼らが持参した捜索令状は、念密な情報収集から、相手が有罪に足りる証拠を固めて、裁判所が発行する物だ。思い付きで持って来れない」


「タキさんは何が言いたいんですか?」


「つまり、二課は今日、詐欺グループの拠点に最初から乗り込むつもりだった。それを俺達が乗り込んだことで、番狂わせをしちまったんだ」


「最初から? じゃぁ、私がしたことは、無駄だったってことですか?」 


 意気消沈した彼女へ、滝馬室は悪報を告げた。


「おまけに、警察の身分を凍結された俺達は、運悪く家宅捜索ガサの日に出くわした。現状、詐欺の一味だと思われる」

 

「ですが、後で事情を説明して、私達も内偵していたと身分を明かせば……」

 

「無理だ。本分である、カルト教団の潜入任務が終わるまで、俺達の身分を証明するデータが警察にないんだ」

 

「はあぁ!?」


 滝馬室は叱りつけるように言う。


「君のせいだからな!」

 

 捜査二課の刑事達は、二手に分かれ、両側からテーブルを挟み込むように編成し、四人の詐欺グループを囲もうとした。

 詐欺犯は反射なのか、猛獣のような目つきで威嚇するが、獰猛どうもうな手合いに慣れた刑事たちは、より凶暴な目つきで牽制する。


 二課を率いる刑事が警告を発した。


「家宅捜索が終わるまで、動かないで下さい。もし、妨害した場合、公務執行妨害に……」


「待て!?」


 警察側からじゃない。

 詐欺グループの一人から発せられた言葉だ。

 

 何が起きたのか、壁際から成り行きを見守る、滝馬室と優妃が気付いた時には”事”が始まっていた。


 金髪、黒ジャージの男が、折りたたみ式のテーブルの真ん中を両手で掴み、持ち上げた。

 パソコンや複数の携帯電話が雪崩のように落ちると、テーブルを大きく振り回す。 


 さすがに身の危険を感じた刑事達は、押し流されるように、凶器となったテーブルから距離を取った。


 これを皮切りに室内は狂乱。

 モヒカン頭はパイプ椅子を振り回し、ジャージ男に加勢。

 その隙を見計らい、うだつの上がらない男は、ドアへ向い駆け出す。


 滝馬室と優妃は、驚きのあまり、この光景を唖然と見ていた。


 金髪、黒ジャージの男がテーブルを乱暴に投げると、捜査員の一人に命中。

 仲間がテーブルの下敷きになり、苦痛でうめくと、刑事達の闘争心に火が付く。

 刑事達もなり振り構わず、詐欺犯に猛進した――――。

 

 警視庁にいた頃、暴力団が絡んだ、詐欺集団の一斉検挙に立ち会った。

 詐欺集団の事務所を家宅捜査ガサいれするとき、相手は、ヤクザ映画みたいに暴れず、大人しくガサが終わるのを待ち、不審物が出ると事情を説明。

 説明が出来なくなると、警察までの動向に応じた。

 相手も下手に暴れて、罪状を重ねるこを考えれば、妥当な判断だ。

 

 だが、ここで警察相手に、血気盛んに暴れる連中は、寄せ集めの詐欺集団。

 ガサ入れの勝手など知らぬぞんぜん、必死で逃げようと、暴れ回る。

 とても、この集団に”リーダー”の役割をする人間が、いるようには見えない。

 

 あまりの混乱に、滝馬室の思考は追いつかず、彼の脳は、血液の循環が滞り、燃費が悪くなる。

 活動を鈍らせた脳は、見える全ての景色を、噛み砕いて呑み込もうと、一つ一つの動作を、ゆっくりくみ上げて行く。

 その為、滝馬室には、全体がスローモーションに感じられた。

 

 これが、極限状態のアスリートが体験する、クロックアップというヤツか?

 

 更には、滝馬室は、現実の見苦しさを、自身の心と切り離す為、交響曲を頭の中で演奏する。 

 

  ワーグナーが作曲「ワルキューレの騎行」


 「ニーベルンゲンの指輪」という、長編オペラの、第二幕に上演される演目。

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