「ワルキューレ」家宅捜索騎兵隊(3)

 ここで、優妃は不可解な動作を行う。

 令状と公言した紙を突きつけた後、一秒も経たずに、折りたたみ、腰の後ろに隠してしまった。

 彼女は上から見下すように続ける。


「大人しく、こちらの求めに応じて下さい」


 裁判所から通達された物なので、かざす相手が内容を確認し、従わせなければならない。

 ものの一秒じゃ、その内容を相手は確認出来る訳がないのだ。


 その奇妙な動きに気を止めたのは、滝馬室だけでは無かった。


 金髪、黒ジャージが指示を飛ばす。


「おい! 取れ」


 その指示に従い、モヒカン頭は彼女の手を、両手で掴んだ。

 意表を突かれた優妃はわめく。


「ちょ、ちょっと!? やめ……」


 彼女が手にする紙は、相手の手中に渡る。


 さっき、俺の腕をねじり、説き伏せた逮捕術はどうした?


 逮捕術を備えた、現職の警官でも、油断すれば相手に返り討ちにあう。

 優妃は、逮捕状を見せつけた、優越感により、油断してしまい、簡単に物を奪われた。


 モヒカン頭は、素早くテーブル越しに、黒ジャージに紙を渡す。

 

 その、やり取りを見た滝馬室は、モヒカン頭は、金髪、黒ジャージの舎弟として使われていることが読み取れた。


 金髪の男が紙を広げると、女刑事の毅然きぜんとした仮面がはがれる。


「ダメぇっ!」


 金髪黒ジャージは、薄いレンズのサングラスを手で少しズラしてから、内容を読み上げる。

 

「あ? 『水の詐欺にはご用心!』? なんだこれ?」


 何てことだ。

 それは、詐欺被害の”地取り”を行った際、優妃が作成し、地域に配った、チラシではないか。

 そんな物を令状と言い張ったのか?

 この女刑事。 

 どうやら、左遷され、手柄を上げることばかり考えていたせいか、思考回路がショートしたようだ。


 よくもまぁ、こんな幼稚な手で犯罪集団と渡り合おうなんて思ったものだ

 さすがに、内偵に消極的な俺ですら、呆れて物が言えない。

   

 金髪の男は鼻で笑うと、髪を結ぶ眼鏡の男に渡す。


 パーカーを着た眼鏡の男は、一重まぶたで、紙を一通り見ると、チラシの最後の文面に目を止めて、疑問を口にする。


「『有限会社ミズーリ』……どこかで聞いたことあるなぁ……確か、この前の”商談”が成立した時に聞いた名前だ」


 ”商談”――――おそらく、彼ら詐欺グループの仲間内で使う隠語だろう。

 しかし、困った。

 こちらの素性……仮の身分だが、情報がバレてしまった。


 髪を結ぶ眼鏡男は、こちらへ質問する。


「で? 水の会社が何の用?」


 チラシを令状と偽ったのは返って、相手を調子づかせた。

 男達はこちらをナメきっている。


 一番マズいのは、隣にいる小柄な女性刑事が、呼吸を仕切りに整え、粗悪な男四人と渡り合おうと準備していることだ。

 無謀だ。

 人数が多い。

 それに、俺も凶悪犯、確保の為、武道や逮捕術は備えているが、長い監視任務で、身体がナマっている。

 対峙する相手より、自分の身の安全が第一だ。

 そんな状態でやり合えば、こちらは負ける。

 

 しかし、この後の展開は滝馬室と優妃の予想を超え、二人の窮地は以外な形で救われる。 


 膠着こうちゃく状態となった、三〇五号室のドアをノックする音が聞こえた。


 金髪の黒ジャージ姿の男が、こちらに聞く。


「何だ? まだ連れがいるのか?」


 その問いに、滝馬室と優妃も困惑し、答えられないでいる。


 ふと、頭によぎったのは、外で待機する加賀美が、起点を利かせ、この窮地を救う算段を立てたのではないか? と、思った。


 しかし、その希望は不安へと変わる。

 ドアをノックする音か次第に強くなり、荒っぽくなった。


 人を警戒する野良猫ように、慎重すぎる加賀美が、こんな荒っぽい行動を起こすとは思えない。

 と、言うことは――――――――。

 

 この場の人間は困惑するが、ドアのノックは、次第に大きくなって行き、不穏な空気が室内に立ち込めた。


 この時、詐欺グループ内でアイコンタクトが飛び交った。


 まず、金髪の黒ジャージが、髪を結ぶ眼鏡の男に目線を向ける。

 眼鏡の男が、目線を返すと、金髪ジャージは、うだつの上がらない男に顎をしゃくり、ドアを開けるよう指示した。


 うだつの上がらない男が、訪問者を確認する間、モヒカン頭の男は、口臭を漂わせながら、滝馬室と優妃を、血走った目で監視する。

 

 ドアの開く音が聞こえると、うだつの上がらない男は、大声を上げた。


「おぉ、おい!? な、何だぁ!」


 うだつの上がらない男が、慌てて部屋に戻ると、続いて室内に、雪崩のごとく、スーツの集団が侵入した。


 背後に押し寄せた集団に、滝馬室と優妃は押し流され、壁に追いやられる。

 突然のことで、室内は混乱を極めた。


 そして、次に響き渡った一声が、室内の混乱を諫めた。

 

 

「全員、動かないで下さい! ――――――――警視庁です」

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