「ワルキューレ」家宅捜索騎兵隊(2)

 クローゼット側に座る、黒髪を結んだ眼鏡の男は、肩を震わせてから笑う。


「オジサン面白いなぁ……水道局の方から来たって、”水道局がある方角から来た”。て、ことでしょ? それ、詐欺師が人を騙す時に使うネタだよねぇ?」


 滝馬室は強張った顔で、ぎこちない笑顔を作り、相手に調子を合わせようとする。


「ははは、面白い? 良かったぁ~、冗談が通じて……」


「で? おたくら、何者?」


 瞬時に、場の空気が凍り付く。


 滝馬室は、この若い男の声に聞き覚えがあったが、どこで聞いたかは、この混乱で既にに忘却の彼方に追いやってしまった。


 髪を結んだ男は、眼鏡の奥から覗く、一重まぶたの目で、こちらを鋭く見つめ推測を述べる。

 

「オジサンの方は、僕らと同じ業者に見えるけど、そっちの、お姉さんは違う気がする……なんか、正義の味方っぽい?」


 そうか、俺は同じ詐欺犯に見えるのか。

 確かに、警察の身分を伏せ、一般人として社会に溶け込んでいる。

 世間を欺いているという意味では詐欺師かもしれない。 

 それを、現役の詐欺集団に言われるのは、覆面捜査の玉ものと喜ぶべきか? 


 しかし、滝馬室を押しのけ、前に出たスーツの女だけは、この場で誤魔化しが聞かない。

 天野・優妃は、パンプスを履いた足を揃え、スーツを着た背筋を伸ばすと、半面にかかるボブショートの髪を揺らして、上司に阻まれた文言を再度言い放つ。 


「私達は警察です!」


 もう、これで退路は断たれた。

 後は何処までも、修羅が続くのみ――――。

 

 本来、警察の家宅捜索なら、法的手続きに基づいて、相手の居住域に入ることを許されるが、今の滝馬室と優妃は警察の身分を凍結されている上に、法的手続きを踏んでいない。


 つまり、これは相手の同意無しに立ち入った為、立派な住居侵入罪だ。

 社会的に罰せられる。


 だが、その不法侵入を合法的にする奥の手が、我々のような警察官にはある。


 優妃は大きく息を吸い、言葉を付け足す。


「”令状”もあります」


 そのワードは、司法に背く者には脅威だった。

 詐欺グループの面々は、それぞれ、顔を曇らせ困惑した。


 が、この状況で一番困惑したのは、上司の滝馬室だった。


 馬鹿な? 

 確かに、覆面捜査とは言え、証拠が固まり犯罪だと証明出来る材料があれば、裁判所が令状やを発行してくれる。


 だが、サード・パーティーが始めた、二週間に及ぶ内偵で、ようやく、この場所が詐欺の活動拠点だという、”当たり”を付けただけだ。

 

 ”二週間”かけて、それしか出来ていない。

 ここにいるガラの悪い連中が、特殊詐欺を働くグループなのか、確たる証拠は無い。

 裁判所が令状を出すはずがないのだ。


 だいたい、何の令状だ?


 憲法の【刑事訴訟法二一八条】には、相手が有罪に足る、十分な証拠があれば、検察官や司法警察官は、裁判所に申請し、令状を手にし上で差し押さ、捜索、検証が出きる。

 ”捜査差押許可状”と呼ばれる物だ。

 この場合、司法警察官は自分と、巡査部長である優妃も含まれ、彼女が令状を手にすることが出きる。


 だが、それでも、直属の上司が、本当に相手の家捜しをして良いのか、判断を下さなければならない。 

 でなければ、部下の勝手で令状を振りかざせば、人権侵害や誤認逮捕に繋がる。


 直属の上司――――――――つまり、俺だ。

 

 また【刑事訴訟法一九九条二項】に記され内容には、逮捕状を申請し手続きを行えるのは、”一定以上の階級を持つ、司法警察官のみ”と、記載されている。

 この一定以上の階級とは、警察組織に置いては”警部以上”の階級を持つ警察官、警察官僚である。


 これを「代理店」ことサード・パーティーに当てはめると、三人の中で逮捕状を請求出来るのは、代表たる班長、ただ一人。

 とどのつまり――――――――俺だ。


 だが、詐欺グループの逮捕に関わりたくない俺が、令状の求めに応じるわけがない。


 彼女が手にしている紙が逮捕状というのは有り得ない。

 やはり、差押許可令状なのか?

 もしや、俺の知らないところで、令状を申請したのか?


 令状の発行につては、裁判所は二十四時間対処できるようになっている。

 仕事が終わり退社する、午後五時以降なら、裁判所に足を運ぶことも出きる―――――まさか?


 女刑事は堂々と胸を張り、スーツの内ポケットから、三つに折りたたまれた用紙を取り出し、両手で広げた――――――――。

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