アクト=裏付け(5)

 帰りの運転は、上司の滝馬室がハンドルを握ることで、部下の優妃が、気まぐれに寄り道をして、捜査の延長が起こる危険性を摘み取る。


 当の優妃は、助手席でタブレット端末に、今日得た、捜査情報を入力し、まとめていた。


 有限会社ミズーリがある、港区の方向は、帰宅ラッシュで、流れが停滞している。


 渋滞で並んで走行する車の列は、カルガモの親に付いていく、子ガモのヨチヨチ歩きを思わせた。


 幾度となく、信号待ちをしている間に、優妃は今日の成果をまとめ上げたようで、手持ち無沙汰になり、長い帰宅の距離を、他愛の無い話で埋める。


「それにしても、以外でした。タキさんがブランドに興味があるなんて?」


「え?」

 

 その言葉に滝馬室は、どの話のことを言っているのか、一瞬、解らず、思わず彼女に目を向ける。


 優妃は、猫のような愛らしい目を、不思議そうに、こちらへ向けていた。


 滝馬室は記憶をたどり、去り際、不動産屋との会話を思いだし、慌てて答える。


「ま、まぁ。俺ぐらいの年だとね。たしなみとして、あれぐらい、知っているもんだから……」


 彼は前方を向き、運転に集中するフりをして、会話を切る。


 いかん。

 ”昔の癖”で、つい査定しまった。

 染みついた習性は、なかなか抜けないものだ――――。


 滝馬室は、途切れた会話に気まずさを感じ、別の話題を持ち上げる。


「しかし、良心的な不動産屋だな?」


「良心的?」


 優妃は困惑の表現を見せる。


「当人が言ってただろ? 土地はなかなか売れないって?」


「あぁ……その話ですか……」


「周辺の治安が悪いなど、客に伝えれば、物件が売れなくなる。不動産屋の中には、客が買う部屋が事故物件だということを伏せて、売りつける者もいる」


「ですが、告知義務なので、当然なのでは?」


「ははは。優妃さんは厳しいなぁ~。そんなんじゃ、男が出来ても、すぐに逃げられるぞ?」


 刹那――――――――。

 滝馬室は、自分の過ちを悔いる。

 自分の放った言葉で、自らを凍りつかせてしまった。


 青ざめる彼は、ゆっくり優妃の方を見る。


 彼女のボブショートから覗く目は、猫のような愛らしい目から、獅子が茂みより獲物を狙うかのような、獰猛な目つきとなっていた。


 それはそうだ。

 四十過ぎても、単身者である滝馬室に、男のことを言われるのは屈辱に違いない。


 信号が変わると、優妃は低く唸るように指示する。


「社長。青です」


「……は、はい」


 ゆっくり走行するミニバンの車内は、輪をかけて気まずい空気が流れ、そのまま二人は、会話することなく帰路についたのだった。


 *****************


 ここまで、我々サード・パーティーによる独自の捜査で、犯罪集団の活動拠点を絞り込んだ。


 だが、確証があるわけではない。

 現段階では「あそこの部屋は、人相が悪い人達がいて、多分、悪いことしていると思うから、お巡りさん捕まえて下さい」と、言うような状況だ。


 それでも、警察に職質させれば何か出て来るかもしれない。

 だが、それでは犯罪集団を、根こそぎ摘み取ることは出来ない。

 良くて、詐欺グループの末端を捕まえて話を聞くだけで、その後は解放となる。


 そんな半端な対応をすれば、詐欺グループは警察に対する警戒を強め、犯罪の証拠となる物を、全て排除し、何食わぬ顔で詐欺を続ける。


 もっと、裁判所も納得し、詐欺グループが言い逃れ出来ない、”動かぬ証拠”が必要だ――――――――。

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