イニシアチブ=張り込み(1)

 サイバー捜査官、加賀美・じんは、臨終となった心電図のように、抑揚のない口調で言う。


「警報機の点検で来ました」


 彼は、詐欺グループの拠点とおぼしき三〇五号室に侵入すべく、有限会社ミズーリの倉庫に秘蔵していた、サイズの合わない、作業着を着込み、道具と脚立を担いで、詐欺に関与している容疑者と対面する。


 玄関口で、粗末な対応をする、見た目も粗悪なモヒカンで口にピアスを付け男。

 モヒカンの男は、こちらの眼鏡を射抜くように、睨みを効かせた。


「あぁ? この前も点検だっつて、作業に来てたぞ?」


「この前の点検では、確認出来なかったことがありますので、再度、確認でうかがいました」


 この前の点検とやらは、本物の業者が来て、作業していったのだろうが、別にこちらは”本当に点検作業”に来た訳ではない。


 モヒカンの男は舌打ちをして、通そうたとしたが、奥から呼ばれる声に従い、作業員に扮した加賀美を待たせ、引っ込む。


 玄関口から、加賀美はその風景を覗く。

 

 先輩風を吹かす男に、モヒカン男は、しきりに頭を下げて、何かの指示を受ける。


 先輩風を吹かせる男は、若く、落ち着きを

払い、長い黒髪を、首の後ろで縛っており、顔には眼鏡をかけている。

 レンズの奥には、一重まぶたの目が、鋭く尖っていて、何を考えているか解らない。


 加賀美は、自分でも信じられないが、直感的に、その男を嫌った。


 自分は直感で人を嫌うことはしない。

 民間企業でシステムエンジニアとして働いていた加賀美は、勘など信じず、常に相手を分析し、こちらにとって、論理的な判断で有益か不利益を見定める。

 

 それが、一目見た瞬間に、背筋を軽く撫でられるような気持ち悪さを感じた。


 考察するに、視界から得た情報で、自分と類似する点を瞬時に見つけ、忌み嫌う理由のプロセスを端押ったのだろう。


 同族嫌悪という言葉があるが、おそらく、自分に取っては、奥にいる男がそうなのだ。


 忌み嫌ったロジック。

 それは詐欺犯と思われる集団に、自分に近しいアイデンティティを感じる人間がいることだ。


 先輩風を吹かせる男は、自分と同じレンズが小さい眼鏡。

 加賀美は、眼鏡にはこだわる方で、自身の質素な顔立ちを崩さないような物を選んでいる。


 なかなか、自分の眼鏡と他人の眼鏡の形が、一致することはない。

 にもかかわらず、奥にいる男は、加賀美と同じ形の眼鏡をしている。


 そして、男の肝の座ったたたずまいは、知能の高さを醸し出していた。

 推測するに、高学歴と見受けられる。

 何より、三十五歳の自分よりも若い。

 年は二十代半ばだろうか?


 とにもかくにも、自分に似せたマネキンを見ているようで、薄気味悪い。


 先輩風を吹かす男に指示を受けた、モヒカン男は、頷くと、こちらへ来た。


「今日は駄目だ。帰れ」と突っぱねて、玄関の外へ追い出す。


 やましい人間の集まりだ。

 おおかた、外部の人間の出入りで、詐欺行為を知られることを危惧し、追い返したのだろう。


 彼は仕方なく控室、廊下を歩きながら思案する。


 しかし、困った。

 優妃さんに通信の傍受を頼まれ、それを受諾じゅだくしたものの、中に侵入できないのでは意味がない。


 少しでも、捜査の手助けが出来ればと思ったが、自分が出来ることは、ここまでなのだろうか?


 彼はマンションの外に出ると、壁沿いにそびえる電子柱を、地面からなぞるように、上へと視線を向ける――――――――。

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