アクト=裏付け(4)
滝馬室が一通り室内を見まわすと、優妃はトリーバーチの鞄を膝の上に置き、中から紙の束を出してテーブルに広げた。
「実は、すでに気になる部屋があって……ネットの情報だけだと、詳しいことが解ら無かったので」
テーブルに置いた紙の束は、物件情報をネットから、プリントアウトした物。
優妃は、はしゃぎながら、複数の見取り図を指で刺して行く。
「この部屋もいいなぁ~。でも、こっちもいいかも? あぁ! ここだとテラスがひろ~い」
彼女が選別しているのは、渋谷区周辺の住宅。
図を刺し、選ぶフリをしながら、目の前の不動産屋の反応を見ていた。
もちろん、それには理由がある。
不動産業は、事故物件や心理的瑕疵物件などの情報を、予め顧客に伝える”告知義務”がある。
事故物件は、その建物内で、殺人や不審死のような、事件が起きた情報。
心理的瑕疵物件は、建物周辺で病死や老衰死が確認された場合の情報。
そして、この瑕疵物件には、ある
優妃がある物件を刺すと、不動産屋が眉を潜めた。
「この部屋を借りたいんですよ?」
それは、面積二六平方メートルの長方形のリビング。
滝馬室と優妃は、一度、この物件に訪れている。
”当たり”を付けた、渋谷区桜ヶ丘にあるマンションだ。
その物件を見るなり、不動産屋に
彼は金縁の老眼鏡を外し、眼鏡拭きでレンズを磨きながら、重苦しく語った。
「お客さん……その……あんまり、大声では言えないんですけどね」
口にするのもはばかられることなのだろう、
初老の不動産屋は、眼鏡をかけ直すと、客の身を案じてか、意を決したように告知義務果たす。
「この部屋の周辺に、危ない人達が住んでるらしいですよ。なので、こちらのお部屋は止めた方がいいですよ」
そう、心理的瑕疵物件には、建物周辺の治安を状況を伝え、顧客の生活に支障を来す可能性を
優妃は右頬にかかる、ボブショートの髪から、猫目を鋭く覗かせ聞く。
「具体的には?」
「なんと言うか、人相の悪い人が、出入りしているようで……苦情も何件か来ていまして……どう見ても、まともな住人ではないようなんです」
必要な情報は聞き出せた。
先日訪れた、三〇五号室が詐欺グループとみていいだろ。
優妃はやんわりと口調で返す。
「もう少し、二人で話合ってから決めます」
彼女は欲しい情報を聞くと、長いは無用とばかりに、テーブルに広げた紙の束を片付ける。
その間、手持ち無沙汰になった滝馬室は、不動産屋に話かけた。
「しかし、不動産業は、やっぱり儲かるんですねぇ……私も不動産を始めようかな?」
不動産屋の主は、笑いながら手を仰ぎ答える。
「いやいや、景気が上向きになったとは言え、土地なんて簡単に売れませんよ」
滝馬室は、少し意地悪るをするように聞く。
「本当ですかぁ? だって、このソファー。イタリアの高級ブランド、カッシーナですよね? 日本じゃ、なかなか手に入らない一品ですよ? それが、二つも置いてあって、かなりお高いのでは?」
「彼氏さんは、随分と、お目が高いですね」
不動産屋の感心する言葉を聞いて、優妃は面倒な話になっと思ったのか、苦笑する。
彼女に構うことなく、滝馬室の好奇心は止まらない。
彼は、ガラスで出来た馬の置物や店主の腕時計を指しながら言う。
「それに……あそこのクリスタル・バカラ。センスがいい! おそらく値段は七、八万円と言ったところですかね? 後、ご主人が身に付けている腕時計。ロレックスのエクスプローラー。値段は五十万……いや、七十万円と見た」
「ははは! 話の解る方だ! いやね? インターネットで事業の幅が広がりまして? 不動産業以外にも、ネットオークションや海外投資で儲けたり。最近では、仮想通貨で儲けさせてもらってます」
「なるほど、先験的な目を、お持ちなのですね?」
経営者としての滝馬室は、身を乗り出し、不動産屋に小声で聞いた。
「正直、笑いが止まらんでしょう?」
不動産屋の
「はい。止まりません!」
二人の中年男は同時に大笑いをした。
この場の茶番劇に付き合いきれないとばかりに、優妃は滝馬室の腕を掴み、引きずるように室内を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます