アクト=裏付け(2)

 三〇五号室。

 悪質なセールスを警戒してなのか、表札は無記名。

 ここまでは、どこの世帯であることだが、応対した住人が普通ではない。


 天野・優妃はインターホンを押すと、一時いっとき置いて、扉か開く。

 彼女は瞬時に営業スマイルを作った。


「こんにちは。私共は”水道局の方”から参りまして、今、試供品で、ろ過した飲み水をお配りしております」


 いつ詐欺犯に出くわすか解らない。

 それを考えると、このマンションでの名乗りは、これで行うのが定石だろう。


 詐欺グループには逆探知の時、こちらの社名を名乗っている。

 有限会社ミズーリを口にすれば、話がややこしくなるに違いない。


 しかし、「水道局の方」か。

 それは”水道局の方角から来た”という、騙す相手を安心させる、古典的な詐欺の文言だ。


 出てきた男は小柄で、茶髪。

 たれ目に覇気が感じられず、うだつの上がらない印象を受けた。


 黒地にドクロのイラストのTシャツを着て、威圧感を出そうとしているのか、さほど効果はなさそうだ。


 対面した、うだつの上がらない男はぶっきらぼうに答え、扉を閉めようする。


「ウチはそういうの、いいから」


 優妃は恐ろしいことに、閉まる扉にパンプスを履いた足を挟み、扉をこじ開けた。


 滝馬室は、その行動を見て、卒倒しそうなくらいの恐怖を感じ、慌てふためく。


 何してる!? 身分を伏せているとは言え、警察官が、こんな違法な行動を起こせば、それこそ警察沙汰だ!


 彼女のゴリ押しは続く。


「そ、そう言わず。定期購入して頂ければ、特典として炭酸水が付いてきますので」


「おい! 何だよ!?」男は腕が細く貧弱なようで、女の優妃に対抗する腕力もない。


 優妃はスマイルを崩すことなく、扉をこじ開けて言う。


「弊社は、品質に自信を持っております。お話だけでも!」


 彼女が、玄関口でゴネていると、部屋の奥から、もう一人の男が現れる。

 それは、蛍光灯の逆光を受けて影になり、うだつの上がらない男の、頭越しに顔を除かせて、こちらに鋭い睨みを効かせた。

 

 身長、一六〇センチの優妃が、目線を胸元から見上げるように顔に移した為、おそらく男は一八〇センチはある、長身。

 金髪で黒のジャージを着込んでいる、その男は、右手に金色の金属バットを持っていた。


 滝馬室は、その風貌に生命の危機を感じ、優妃を扉から引き離した。


 その隙に、うだつの上がらない男は、扉を勢いよく閉める。


 危機を回避した滝馬室は、彼女の腕をつかみ、三〇五号室から死角となる階段に身を潜めて、小声で咎めた。


「バカも大概にするんだ。何してる?」


 優妃は彼に掴まれた腕を振り解き、乱れた

ボブショートを整え、階段を下る。


 滝馬室は、まだ四階と五階の偵察が終わってないにも関わらず、引き返そうとする彼女を、不思議に思い追いかける。


 マンションの外に手出ると、滝馬室は優妃の横に並んで歩き、質疑を行う。


「何か気付いたから、少しでも情報を得ようと、荒っぽい手に出たんだろ?」


 女刑事、優妃は、顔を引き締め、淡々と持論を述べた。


「部屋を覗いた時、パソコンや折りたたみ式の机やパイプ椅子がありましたが、棚が置いていません。ここ最近、入居したように見えます」


「なるほど、近隣住人が最近目撃する、人相の悪い輩と考えられるな?」


「それもありますが、荷物が少ない方が、生活の痕跡を残すことなく、早期に移動が出来ます」


「折りたたみ式の机やパイプ椅子は、持ち運びやすい上に安価だから、捨て置き出来るわけか。逃げる時、必要な物は詐欺に関する、データを入れたパソコン」


「それと机の上に、固定電話がありませんでしたが、代わりに、複数の携帯電話はが置かれていました」


「プリペイド携帯か? どこでも、すぐ手に入るから、逆に足が付きにくい。確かに、普通の居住者と比べれば、不自然さが目立つ」


 次に出る言葉に、彼女は憎しみを込める。


「何より、ガラか悪い」


 悪態を付く優妃に、滝馬室は思わず気が抜ける。


 天野・優妃は、左遷される前は、警視庁の刑事部、捜査三課にいた。

 捜査三課は、組織窃盗事件を専門に扱う部署。

 現場で培った、組織犯罪に関する知識と経験から考えれば、彼女の見立ては筋がいい。


 とはいえ、さすがに、戦時中の警察のように、人相が悪いという理由で、詐欺グループの拠点と決めつけるのは横暴だ。

 

 当たりは付いた。

 後は”裏付け”を取り、確証が欲しいところだが……。

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