アジェンダ=逆探知?(2)

「いえ、大丈夫です……やってくうちに解ると思うので」


 強情な女刑事の作業を奪う。


「いいから、貸してみな。このペースだと、接続が終わる頃には、詐欺犯は行方をくらましちまう」


 滝馬室が強引に割り込むと、若い彼女は思わず譲る。


 知恵の輪のように、絡む配線を解きながら、中年刑事は、機材の裏側にプラグを差し込む。

 それが済むと、会社の固定電話の裏側にある回線に、機材から伸びる回線を差し込みつなげる。

 先程の迷いながら接続を行っていた優妃と違い、スムーズに事を進める滝馬室に、彼女は不服に思いつつも質問を投げづにはいられなかった。


「タキ社長……解るんですか?」


 彼は少し懐かしむように語る。


「これでも、公安部所属だよ? それに、刑事部にいた時は、配線の接続を練習させられたから、染み付いてるよ」


「警視庁の刑事部ですか? どこの部署ですか?」


 その言葉を投げかけられると、滝馬室は手を止め、答えを濁す。

 

「あぁ……異動が多かったから、いろんな部署でやってたよ。ほら、出来た」


 彼は機材に取り付けられた配線を、部下に見せつける。


 彼女は現代アートのように、複雑で有りながら、統一感を持って、機材に差し込まれたコードを、まじまじと眺める。

 その光景を見た滝馬室は、誇らしげに自分のデスクに戻った。


 優妃は配線の構造を理解したようで、眺め終わった後、深く息を吸い気合を入れる。

 自分と対象的なモチベーションの彼女に、滝馬室は、思わず水を刺したくなった。 


「逆探知なんて、刑事ドラマじゃないんだから、上手く行かないよ。だから俺は刑事ドラマが嫌いなんだ。話が出来過ぎている。所詮、ご都合主義の低俗なフィクション……」


 そこまで言うと、滝馬室の顔は青ざめる。


 女刑事に目を向けると、猫のような愛らしい目は、虎のように吊り上がっていた。

 中年刑事は逆鱗に触れこと悔いる。

 優妃は喉を鳴らしながら言う。


「刑事ドラマの何が解るんですか? いいですか? 刑事ドラマには、警察官が求める指針があるんです。警察の職務にいきどおりを感じた時、常に正義とは何かを提示し、考えさせることで、我々の襟を正してくれる、道しるべなんです!」


 彼女の講釈に圧倒され、滝馬室は唖然として、聞くことしかできないでいると、懐に切り込むように叱責してくる。


「それをタキ社長のような、男として枯れ果て、警視庁を追い出された挙句、オンボロビルの管理人になった落ちぶれ刑事に、低俗なフィクションと言われたくありません!」


 優妃の言葉は深く胸に刺さった。

 ドラマ一つで、警察官人生も、男としての在り方も否定されるとは――――。

 憔悴しきった彼に、部下からの罵りに対して、悔しさなどはなかった。

 ただただ自然に、罪が自責に耐えられず、自発的に告白するかのように言葉を漏らた。


「ご……ごめんなさい」

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