アジェンダ=逆探知?(3)

  逆探知の機材を取り付け終えると、その日の電話は、贔屓ひいきにしている問屋や運送会社との事務的なやり取りで一日が過ぎた。


 次の日————————待ちわびた瞬間は、唐突に訪れる。


 社内に電話のベルが鳴り、事務担当の天野・優妃が、いつものように受話器を取り、風鈴のような心地よい声音色で対応する。


「お電話ありがとうございます。有限会社ミズーリです」


 突然、優妃の猫目が見開き、滝馬室と加賀美の顔を交互に見ながら、持っていたペンを空中で、勢いよく回し始めた。


 二人の男は、回るペンを見て、最初、何の合図かわからず、ただただ見ている。

 次第に優妃の顔が引きつってくると、顔から、その意味を読み取った。



 

       ———————スクランブル———————




 二人の男は、背筋をはたかれたように姿勢を正し、世話しなく動き出す。

 加賀美がヘッドホンを耳に当てて、パソコンを操作。

 滝馬室は自分のデスクに置いてある電話の受話器に手を乗せ、いつでも取れるような姿勢を作る。


 二人の準備ができると、優妃は保留をかけ、受話器を置いて滝馬室に託すと、自らもヘッドホンを手に取り、耳に装着する。


 そして、中年刑事は受話器を取り、ボタンを押して保留を解除する。


「あぁ、どうも。お電話代わりました」

 

 電話口に聞こえる声は、爽やかで、とても人を騙すような様子には感じなれない。


 『初めまして、わたくし、MNKインターナショナルの、余渡よわたりと申します』


 聞き心地のよい、爽やかな声が名乗る。

 しかし、滝馬室からすれば、うんざりするような響き。

 警視庁にいた頃、この手の輩とは、よく渡り合ったものだ。


「へぇ~。余渡さん? 珍しい名前だねぇ」


 それはそうだろ。足が着かないように用意した、偽名なのだから。

 社名のMNKも、大方、”マヌケ”と、被害者を馬鹿にした略式だろう。


「有限会社ミズーリの代表を務める、滝馬室と申します」


『タキ――――マグロさん?』


「いえ、タキマムロです」


『珍しい名前だぁ~』


 和む電話口で、互いに大笑いすると、滝馬室は心の内で思う。

 

 ほっとけ!

 

 談笑に一区切りがつくと、本題に持ち込む為、滝馬室は慎重になる。

 自然と全身に緊張が走るが、それを電話口で悟られないように、落ち着いて、軽妙に会話を続ける。

  

「おたくがやってる商売に、ウチも非常に感心が合ってね。実は、うちが仕入れをしている業者と、発注ミスでトラブルが起きてねぇ。もしかしたら、業者を変えるかもしれないんだが、まだ、その当てがなくて」


『事情は存じております。そういう事情でしたら、次の業者さんが見つかる、一時しのぎで、弊社の水を使われてはどうでしょう?』


 なるほど、一時しのぎか。

 なかなか、上手い文句を考えたものだ。

 一般の会社も、短い期間ならと、ハードルが下がり、契約を結ぶかもしれない。

 まぁ、こちらは、その誘い文句に、はなっから乗るつもりでいた。


「無論。そのつもりで、御社のアポ受けた次第だ――――我が社の方で、そちらに出資させてもらうよ」


 電話口でも解るくらい男は、嬉しそうに返す。


『ありがとうございます! こちらこそ、”五百万”もの出資をして頂けるとは、夢にも思いませんでした』


「五百万!?」滝馬室は想定外の話に、声が上ずる。


 そして、直ぐさま。

 右側のデスクにいる、加賀美に目を向ける。

 紺色ブルゾンを着込んだ、眼鏡のインテリは、ノートパソコンに目を落とし、答えを閉ざす。

 

 代表の俺が知らないところで、そんな話をしていたのか?

 この男が経理で、ウチの会社は大丈夫か?

 

 滝馬室は一呼吸置き、平静を取り戻す。

 

 落ちつけ……これは、詐欺グループをおびき出す為の囮。

 何も、本当に払うわけではない。

 

 滝馬室は、動揺を誤魔化すように、豪快に笑い、受け答えをする。


「はぁーーははは! 投資は、鮮度が良いときに買わないと。そう考えれば、安い買い物だよ」

 

 電話で弾む会話の中、視界の左側がやけに世話しない。

 思わず気を取られて、目線を向ける――――。


 

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