アジェンダ=逆探知?(4)

 優妃が両手を突き出して、真ん中から両手を広げ、手を真ん中に戻し、再び両手を広げていた。


 そのパントマイムは、まるで、そば屋のそば打ちのように見え、他人から見れば滑稽に見えるだろう。

 現に、同じ警察官でありながら、見ていて間抜けに見えた。


 彼女が伝えたい事は、(逆探知をするから、引きのばせ)と言う意味だ。

 滝馬室が、その間抜けな姿に捕らわれていると、電話での会話はいつの間にか終わっていた。


『良い買い物をしたと思います。それでは、後日、送金をお願いします。では失礼します。タキマグロさん』


「はい、よろしく……」


 だから、名前が違うんだよ!


 電話が切れると、滝馬室の横でヘッドフォンをデスクに叩き付け、鬼のような形相で、優妃は黒いパンプスの足音を轟かせながら迫って来た。


「社長! 何しているんですか!? 逆探知する時間が無いじゃないですか!」


 滝馬室は両手で防波堤を作るが、彼女の勢いが洪水のごとく押し寄せ、思わずのけぞる。

 

「ご、ごめん! つい、うっかり」


「うっかりで済めば、警察ば要らないんですよ!」


 彼女の、荒波のような責め立てに、小河のせせらぎが流れ込むように、サイバー捜査官こと加賀美が介入する。

 

「問題無いですよ」


 二人が同時に振り向くと、加賀美は解説を始めた。


「昔は知りませんが、今どき、時間を引き延ばして逆探知すること自体、ナンセンスです。そもそも、受信先から、電話の発信元を探知するというのは出来ません。優妃さんが逆探知で使おうとした機材は、ただの録音用の機材です。いくら時間を引き延ばしても、逆探知は出来ません」


「はぁ!?」


 驚愕する女刑事を他所に、眼鏡のインテリ刑事は続ける。


「それに、発信元と受信先の間には、必ず、通信業者か基地局を経由します。

ですから、本来警察が犯人からの連絡で、相手の位置を特定する場合。通信業者に聞いて、容疑者の通話記録から発信元を知らべてもらえば、どこからかけているのか解ります。逆探知なんて手法、古代の遺物ですよ」


「え? そうなんですか? じゃぁ、なにも焦る必要無かったのね。もぉ~早く言って下さいよ!」


 彼女は、滝馬室の肩を握り拳で殴り、一息つく。


「痛い!?」滝馬室は殴られた肩を摩り、ダメージを和らげる。


 頼むから、もう少し目上としての扱いをしてくれよ。

 ――――確かに、その通りだ。

 刑事ドラマなどで、誘拐事件が起きた時、電話で犯人と交渉する際、逆探知にかかる時間を稼ぐ為、会話を引き延ばす場面があるが、現実、その必要はない。


 なぜなら、相手が電話をかけた瞬間、通信業務を管轄する電話会社に、発信元が記録されるからだ。

 

 そもそも、今の通信システムは、デジタル信号が主流。

 アナログ回線の機器で、デジタル信号がキャッチできるはずがない。

 これは因数分解を、十本の指だけで計算するのと同じような物だ。


 そして、欠けているな物。


 逆探知の為に用意した機材には、発信元を特定するや、を現すなどの機能が備わっていない。

 

 では、警察はどのように逆探知を行うのか?

 ――――答えは単純。

 電話会社に発信元を聞けばいい。

 捜査協力という形で、に、犯人との通話記録を検索してもらい、発信元を割り出せば、相手がどこにいるか特定出来る。


 それは、警察が通信業者に依頼する形で、発信源の調査をしてもらう。

 調べるのは警察では無く、通信業者。

 だが、それを依頼出来るのも、捜査権限を持つ、の警察官だ。


 滝馬室は疑問を投げかける。


「しかし、加賀美君。我々は、非公式の捜査中だから、警察手帳を持ってない。通話記録を調べるのは不可能だよ?」


「えぇ。そうでしょうね」


 整然と、揺らぐことのない答えに、滝馬室は良からぬ勘ぐりを巡らす。


「まさか……通信業者のデータベースをハッキングして、通話先の情報をスキミングするんじゃないよね?」


 加賀美は無言になり、返事を返さない。


「加賀美君!? 頼むから、やめてくれよ? 極秘捜査だけでも、世間にバレたら叩かれかねないのに、ハッキングまでしたら、俺達は犯罪者だぞ!?」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんとにやりますので」


「合法的?」

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