マネーの虎

 下北沢の聞き込みから一夜明け、朝、サード・パーティーの面々は出社して早々、ミーティングを行う。


 PC画面に映る白髪の男が、しゃがれた声で語る内容は軽妙で、まるで漫談でも聞いているかのようだった。


『親父の不動産屋を受け継いだはいいもの、バブルが弾けましてね。不景気で客なんて選んでられなかった。それこそ、ヤクザ屋さんにでも売らないと、こっちが借金で首が回らなくなる』


 それは警視庁の取調室にて行われた。

 滝馬室と優妃のコンビが、詐欺グループの拠点について情報を集めた際、訪れた不動産屋の店主【押尾】の聴取だった。


 押尾は金縁の老眼鏡を外し、片手の指で両目をマッサージすると、眼鏡をかけ直し続ける。


『私、思うんですよ。政府の融和政策がなければ、土地が売れて、バブルは続いたんじゃないかなぁ~。それを規制しちゃったから、おかしなことになって……そこに来て、暴力団排除条例でしょ? それまでのお得意さんと、縁を切らないといけないわけですよ?』


 彼は溜め息を交えながら言う。


『まったく、お国の政策に振り回されるのは、いつも庶民だ』


 取り調べで行われた押尾の記録映像は、ここで途切れる。

 映像が切り替わると、目の下のクマを色濃くした、エラの張った四角い輪郭の中年が映った。


 捜査二課、諏訪警部補の連絡方法が、警視庁の資料室の片隅なのは、もはや定石。

 スマートフォンで自画撮りをしながら、”代理店”の面々と情報を共有していた。


 モニター前には、デスクに付く代表の滝馬室と、その両脇で二人の巡査部長、優妃と加賀美が起立している。

 この編成も決まった形となった。

 諏訪警部補は話を始める。


『お前たちのタレコミを元に、詐欺グループのリーダーを拘束できた。抑えたはいいが、詐欺の供述を取ろうにも、無駄な話ではぐらかすばかりだ』


 しかし、新たなリーダーが発覚してから一日経たずして拘束できた。

 逮捕請求は二十四時間手続き可能性ではあるが、裁判所は朝から夕暮れで業務を終え、夜間は手続きを行える場所が限られる。

 

 何より逮捕状の発行は警察も証拠を固め、その証拠を裁判官が、慎重に審議してから発行される。

 相手が悪党でも強引に連れて来れば、人権問題に発展する。


 どのような方法で被疑者を拘束したのか、滝馬室には考え付かなかった。

 公安部在籍時に培った、裏技だろうか?


 滝馬室から見て左に立つ優妃は、感情をこらえているが、イラだたしく言う。


「経済が破綻したからって、悪事に手を染めていい事にはなりません。しかも制度を言い訳にするなんて」


 滝馬室が一枚噛む。


「バブル後期。不動産融資裁量規制で、日本は経済のバランスを崩した。上限を決められたことで、土地の売買が停滞し、金回りが鈍くなったんだ。土地の購入者に融資した銀行も、金の回収が出来なくなったから、企業などに融資出来なくなり、連鎖的に金が流れなくなった」


 滝馬室は肩をすくめて皮肉を語る。


「まぁ、バブル崩壊は、起こるべくして起こった。あのままバブルが続けば、ハイパーインフレが起きて、土地と物価の値段は天井知らずだ」


 肩をすくめて更に続ける。


「缶珈琲一本、一万円なんて、ありえたかもな? 銀行だって担保無しで違法な額を融資し、債務者から甘い汁を吸ってた……進むも地獄、戻るも地獄さ」


『話を戻すぞ?』


 諏訪警部補の一言で、モニター前の三人は姿勢をた正した。

 話は本題へ入る。


『押尾不動産は、詐欺グループと知らずに部屋を紹介していたらしいが、間違いなく悪徳くろだ。元々、暴力団相手に物件を売っていたからな』


 優妃は発言する。


「詐欺グループ以前に、暴力団に物件を提供することは、暴対法に当てはまる為、完全な違法行為ですね」


『あぁ、しかも、暴力団が経営する違法風俗店の貸し店舗も、この男の物件だ。おまけに、詐欺グループと暴力団をつなぐ橋渡しもしていたようだ』


「とても、言い逃れ出来ない状況ですね」


『二枚も三枚も舌を持つヤツだ。所轄や本庁の捜査員が、知らずに奴へ聞き込みにいっても、見当違いない物件に足を運ばせて、その間、詐欺グループや暴力団を別の場所に逃がしてやがった』


「私とタキ社長が部屋の情報を聞きに行って、はぐらかされたのは、その為なんですね? 詐欺グループの拠点を悟られないように、一般人を遠ざけていた」

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