演劇の聖地(4)

 滝馬室が額を彼から離す。

 反対側に座る優妃が、上着の内ポケットから名刺サイズのメモ帳とボールペンを、役者に渡す。


 震える手で受け取った役者に、リーダーの名前、連絡先、住所をメモに書かせる。

 その間、滝馬室は細長い煙草に火を付ける様子もなく、側で役者を射抜くように睨みを利かせる。


 役者が書き終わると、優妃はメモを奪い取り、スマートホンを取り出して、どこかへかける。


 しばらくすると————。


「加賀美さん。ありがとうございました」


 優妃は礼を述べると、スマートホンを切り、スーツのポケットにしまいながら声をかけた。


「社長。OKです。確認とれました」


 その言葉を聞くと、柄の悪い滝馬室は役者から監視を解き、口にくわえた煙草————ではなく、ポップキャンディーの棒を掴み、口から出す。

 

 白いミニバンから降りると、役者を開放。

 滝馬室と優妃は、何事もなかったように、前のシートへ移ろうとする。


 役者が洗いざらい喋り、落ち着いた後、立ち去る二人に聞く。


「あんた達、何者なんだ?」


 その答えに、ボブショートの髪を揺らしながら、運転席へ乗り込もうとする優妃が答えた。


です」



*****


 下北沢の役者は、成りすましていただけで、詐欺グループのリーダーでは無かった。


 が、しかし、真のリーダーにつながる情報を得た。

 これは警視庁でも掴んでいない、鮮度の高い情報だ。

 詐欺事件の担当、捜査ニ課、特別捜査第ニ係在席の、諏訪警部補に報告せねばならない。


 軽妙にミニバンを走らせる優妃の横で、滝馬室はシャツのボタンを閉じ、ネクタイを締め直す。

 前方から目を離すことなく、優妃は滝馬室に会話を投げかける。


「タキ社長、強面(こわもて)とか出来るんですね?」


「ん? あぁ……」


 彼はネクタイを締め終わった頃合いで返した。


「昔、ヤクザ絡みの事件で、マル暴(組織犯罪対策課)と協力してた時期があったから……で? 優妃さん。これから、どうするの?」


「決まってます。詐欺グループのリーダーの所へ押しかけて、今度こそ逮捕おさえます」

 

 彼女の計画を聞いて、滝馬室は慌てて説得する。

 

「ダメだよ!? また、この前みたいに、警察に連行されるだろ?」


「あれは、偶然……」


「偶然だけど、やっぱり、単独で乗り込むのは危険だ。捜査マニュアルにもあったでしょ?」


 女刑事が口篭もると、しめたとばかりに、滝馬室は推し進める。


「詐欺グループの拠点は、本庁にタレ込んで、向こうで逮捕してもらおう。その方が確実だ」


「ですが」


「俺達は詐欺グループの拠点に乗り込んで、醜態をさらしてしまった。潜入任務を逸脱した行動は、本部から見ればマイナスだ。それよりは、後方支援で点数を稼ぐほうが、功績は大きい。そうだろ?」


 この話を女刑事は飲み込む。


 何とか優妃の暴走は食い止められたようだ。

 これ以上、現状を荒らされて、静謐せいひつの海のような毎日に、大波を立てられては困る。


 彼女は有力情報を得た優越感で、興奮が覚めやらないのか、話を広げようとする。


「ですが、先程、聞き出した情報は驚きました。私達は、すでに詐欺グループのトップと、”顔を合わせていたんですね”」


「あ~ぁ……"やっぱり"」と滝馬室がぼんやり言うと、彼女は返答に飛びつく。


「”やっぱり”? どういう意味ですか? タキさんは、すでに目星を付けていた、ということですか?」


 滝馬室はキッパリ否定する。


「いや、そんなこと無い。俺も意外な人間で驚いてるよ?」


 そう返すと、優妃は残念そうに「そうですか」と小さく言う。


 その後、”代理店”のタレコミで、詐欺グループのリーダーと思しき人物が捕まった。

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