演劇の聖地(3)
駅周辺から離れていくと、幾分、街の雰囲気が落ち着き、通りの様相は異世界とかす。
路地裏を入ると、一件家とアパートの間を埋めるように、古着屋が挟まれている。
肩身狭そうに挟まれた古着屋もあれば、二階建ての家の一階に古着屋が看板を出しており、まるで古着屋の店が、二階の部屋を、下から支えているように見える。
見ているのもユニークな場所だ。
トレーナーの上にスカジャンを着た役者の男が、優妃の前に現れた。
「ごめんね~。待たせたよね?」
「いえ、大丈夫ですよ」
彼女は手の平を頬まで寄せて、女子学生のように小さく手を振る。
「場所を変えたいんで、ついて来てもらっていいですか?」
「え? さっき、このカフェで軽く、コーヒーを飲むって話だったよね?」
「他に、も〜といい所があるので、ついて来てくれます?」
思わせぶりな言い方をした優妃は、小劇場からニ、三ブロック離れたカフェに入らず、歓楽街から離れて行く。
下北沢駅から見て北東へ移動して、茶沢通りを横断する。
店頭の灯りが減り、薄暗い道を進む彼女の動向に、役者は少々戸惑うも、どぎまぎしながら付いて来る。
「あの~……この辺、ゆっくり話出来る店とか無いけど、どこ行くの?」
「そうですね。この辺ならゆっくり話が"聞け"そうですね……」
すると――――目前の駐車場の角から、街灯の光へ集まる蛾のように、ゆらゆらと映り込む影が姿を現れた。
逆光で顔は見えずらいが、火を点ける前の、細い煙草をくわえた男は、シルエットだけ見ても何とも柄が悪い。
スーツの前を開き、ノータイでシャツを胸元まで広げた上、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、だらしなく歩く。
役者の近くまで行くと、男は相手より背が高いことを良しとして、顎を上げ目線を下に落とし、役者を見下し一言――――。
「おぉん?」
役者は、滝馬室の高圧的な態度に、おそれおののく。
すると柄の悪い滝馬室は、役者の腕を掴み力任せに引っ張る。
ひょうきんだった役者は、パニックに陥り顔から血の気が引き、声を上げる。
「うわぁ!? な、何ですか!? 誰か、誰か助け……」
大声で叫ぶ前に、滝馬室は役者の首に腕を回して、羽交い絞めにし叫びを封じた。
近くの駐車場まで引きずると、優妃が白いミニバンの後部座席を空け、先に乗り込む。
次に、滝馬室が役者の男はミニバンに押し込んだ所で、彼も後ろに乗り、スライド式のドアを勢いよく閉めた。
ミニバンの中では、優妃と滝馬室に挟まれ、役者の男は逃げられない。
優妃が、さっきまでの優しい態度から一変。
虎のような鋭い表情を作りシートの中央に座る役者に聞く。
「あなたが"ウチの
この状況なら雰囲気で、その筋の人間だと思い込んでしまう。
まったく、優妃のアドリブには、つくづく関心させられる。
役者のすぐ横で、滝馬室に睨まれ、恐怖でおびえながら役者は答える。
「待って、待って、待って! 何のことだか解からないよ?」
「おぉぉん?」
滝馬室が顔を、役者の頭上から落とすように近寄ると、役者は滝馬室と目を合わせないように、顔を背け言い直す。
「……解りません」
優妃は再度聞く。
「あなたが、”リーダー”だというのは知っています。ウチの雇用主が、ひどく、ご立腹でして、このままだとアナタ、ただでは済まないですよ?」
「おおぉぉん!?」滝馬室が、役者をのぞき込み、泳ぐ目線を追う。
役者は震える声で返す。
「知らない! 俺はただ、言われた通りにしただけだ。俺はリーダーでもなんでもない!」
「言われた通り?」
「劇団の舞台を見に来た客と、親しくなって、自給のいい仕事があるから、やってみないかって言われて、それで、どこかの経営者のフリをしただけなんだ。ド、ドッキリの余興だったんだよ!」
「嘘ついても、何の得にはなりませんよ」
滝馬室は役者のこめかみに、額をなじりつけながら言う。
「おおおぉぉぉんん!!?」
役者は懇願する。
「本当だって! 軽い気持ちで引き受けたんだ! まさか、ヤバイ仕事だなんて知らなくて。ギャラも良かったから、つい……」
優妃は役者が腕にはめた、金時計を顎で刺し、聞く。
「失礼ですが。小劇団の役者にしては、随分と不釣り合いな時計ですね?」
「違う! これは中国旅行へ行った時に買った、スーパーフェイクだ。舞台で使う小道具だよ!」
優妃は畳みかける。
「アナタが、雇われたと言うなら、雇い主と、在籍する場所を教えて下さい」
彼は落ちた。
「解った、教えるっ。全部教えるから、勘弁してくれ!」
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