イニシアチブ2=帝王学(2)
優妃は最初、聞き間違いかと思った。
「はぁ!?」
滝馬室が机に投げ出した両手は、がたがたと震えだし、目はうつろで視点が定まらない。
彼は被疑者を見て動揺、席から立ちあがると、優妃にすがるような眼差しを向けて言う。
「無理だ。俺はここ数年、取り調べをやってないから、何をどう聞くのか解らない。君が取り調べをやってくれ。俺が隣で指示する」
「じょ、冗談でしょ!?」
慌てふためく優妃の両肩を掴み、滝馬室が無理やり席に座らせ、被疑者に向かい合わせる。
彼女は絶句した。
この局面に置いて、まだこんな腑抜けたことを口にするとは。
女刑事は、落胆させた上司に目を向けた。
彼は被疑者に背を向け、拳の震えを片方の手で抑え込もうとしている。
一度、対面する被疑者に弱腰を見せてしまった取調官は、相手に軽んじられナメられる。
聴取など、ままならなくなり相手から、事実を聞き出せない。
――――――――この男は駄目だ。
信じられない。
こんな、どうしようもない人が、警視庁のエリートで頭脳派の精鋭、
これが自分の上司なんて、つくづく恥ずかしい。
優妃は呆れて溜め息を付た後、気持ちを切り替え、被疑者に目を合わせる。
警視庁にいた時、取り調べで嘘が冗舌な手合と、よく顔を突き合わせて何時間も腹の探り合いをしたものだが、今、相手にしているのは《知能犯》
計算高く法的な逃げ道も詳しい上に、あわよくば刑事すら手玉に取り、利用しようとする輩だ。
これまでに自分が対峙した相手とは、訳が違う。
何より、サード・パーティーに来る以前の部署は、空き巣やスリ専門の《捜査三課》
小ずるく常習性の高い犯人と違い、知能犯は専門外。
目の前の被疑者に、操られのではないかという、自分に対しての疑心すらある。
彼女は咳払いをして喉の調子を整えた後、鈴の音を鳴らすように声を発する。
「始めに言って起きますと、今、取調室のカメラと録音機器はスイッチを切っています。この場で、あなたが喋る発言は裁判で不利になることはありません。かと言って。強引な取り調べを行う訳ではないので、リラックスして私達とお話をしましょう」
そう説明し終わると、優妃は女神のように微笑む――――。
滝馬室は着席する優妃の耳元に、顔を寄せて口元を手で隠す。
すると優妃は不快な顔つきで、耳元に飛んで来た「ハエ」を追っ払うように、滝馬室を手で払い激しく抗議する。
「ちょ、ちょっと!? 近いです。息かかってます。臭いです!」
その言葉は中年独身男の心を砕き、ショックで硬直させた。
少しの間を置き、彼は言葉を返す。
「――――――――ごめんなさい」
消沈した滝馬室は、記録係が座っていた机から使わないノートを借りて、それを筒状に丸める。
即席のメガホンを作り、その先を女性刑事の耳元に寄せて、回りに聞こえないよう伝達する。
伝達が終わると、彼女は指令塔を、怪訝な顔で見ながら聞く。
「その話、必要ですか?」
滝馬室は無言で頷く。
優妃は疑問に思いつつ承諾すると、相手に目を向け、ハッキリ伝わるように話始めた。
「こんな話をご存じですか? とある上場企業で営業に行った会社員が、社内の通路を清掃する作業員に、その会社の悪評を面白半分で喋ったそうです。作業員も、その話に乗っかるので会社員は、ベラベラと軽口を叩いたそうです」
滝馬室が即席メガホンの先を、優妃の耳に近付け、指令を追加する。
指令を聞いた彼女は続ける。
「ですが、その会社の課長が慌てて清掃する作業員に、掃除を辞めるようにお願いしたそうです。何故だと思います?」
被疑者は質問に興味を示そうとせず、うつむく。
「どうやら作業員は、その会社の社長だったみたいで、そうとも知らず営業に来た会社員は、悪い話ばかりをベラベラ喋り、青ざめたそうですよ? 何でも、その社長の信条で、社長自ら雑務をすれば、社員は襟を正して仕事をするとかで……」
目の前の被疑者は、少し退屈そうに溜め息を漏らす。
女刑事は相手の気を引くように話を修正する。
「話が脱線したので、本題へ入りましょう」
天野・優妃巡査部長が、被疑者を逃がすまいと射竦め、確信をつく。
「あなたが詐欺グループのリーダーですね? ――――――――【口野】さん」
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