取り調べの魔王

イニシアチブ2=帝王学(1)

 ――――午後、四時四十九分。


 桜田門にある警視庁の廊下を、天野・優妃巡査部長は、パンプスの足音を響かせながら急ぎ足で進んでいた。

 運動神経も体力も自信はあるが、それでも小柄な女性が自分よりも背丈が高い、男性の歩幅に合わせると、自然と急ぎ足になってしまう。

 

 現に先を行く二人の男の足取りは早く、追いつくのがやっとだ。


 先頭を行く、肩幅の広い諏訪警部補が、見向きもせず話を進める。 


「二課の人間は、他の詐欺犯の取り調べやマル暴との連携で人が出払っている。お前達が取り調べを行うなら、ガラ空きの今しかない」


 ようやく自身の上司に並んで歩くことができた。

 ダミー会社の代表である滝馬室が、ここへ来て社内では皆無と言える、こわばった表情を見せていた。

 普段は安スーツを着こむ、昼行灯ひるあんどんとしか思えない中年。


 本来、警察での階級は警部。

 特殊監視班においては班長。

 改めて優妃は、滝馬室警部が自分の上司だと認識した。

 

 諏訪警部補は続けて話す。

 

「午後五時を回れば、被疑者は強制的に検察へ移送される。そうなると、管轄が変わり、警察では情報が引き出しづらくなる。リーダーの足取りが掴めない」


 そして、足をピタリと止めると、優妃と滝馬室警部も同じように足を止める。

 諏訪警部補は向き直り、二人の顔を交互に見た後、念を押すように言い聞かせる。

 

 「一〇分だ――――。一〇分で犯人ホシを落とせ」

 

 諏訪警部補の指令に、優妃と滝馬室警部の両名は、力強く頷く。

 たどり着いた取調室の前で、段取り確認を滝馬室警部とする。


「俺が”絵”を描く(俺の”作戦”で行く)」


 優妃は短く返事をした。

 二人の足並みが揃ったことを確認した、諏訪警部補は、取調室のドアノブを掴み扉を開ける。

 諏訪警部補が先に入室すると、中で見張りを兼ねた書記が、被疑者の様子を確認する声が聞こえた。


 書記が報告し終わると、室内から出て来る。

 制服を着た巡査と思われる若い書記は、出会い頭に優妃たちと目が合うと、怪訝な顔で、二人を交互に見てから去った。


 優妃と滝馬室警部は、二日前まで別の取調室で尋問を受けていた、被疑者。

 それが今日は、捜査二課の人間と行動を共にする、協力者だ。

 逆の立場なら理解に苦しむ。

 諏訪警部補が入り口から顔を出すと、肩をすくめ言う。


「規則破りだ。黒幕ほんぼしじゃなかったなんて、言わせないぞ?」


 警部補が廊下に出ると、二人は中へ足を踏み入れた。

 取調室は無機質なコンクリートに囲まれ、その灰色の壁は冷たさを感じさせる。

 二日前まで、誤りがあったとはいえ、自分もこの空間で取り調べを受けていたのだと思うと、悪寒が走る。


 不気味なまでに、静かな立方体の空間。

 その静寂の中で、机にたたずむ被疑者。

 机の隅に設置されたカメラは、被疑者を鋭く睨む。

 濁った空気が、息を詰らせているような気分におちいる。


 入室を見届けた諏訪警部補は、力強く頷き全てを二人へ託す。

 入り口に足を運んで外に出ると、取調室の扉を閉めた。


 ――――午後、四時五十分。


 天野・優妃。

 滝馬室警部。

 そして被疑者。


 マジックミラーの先にある隣の部屋で、諏訪警部補が動向を監視しているが、それでも与えられた一○分間は、この場の三人だけの世界だ。


 優妃と目を合わせた滝馬室警部は、眉を吊り上げアイコンタクトを計り、自分が尋問を仕切ることを読み取らせた。

 優妃も、それに頷き了承する。

 無言の会話が終わると、滝馬室警部は椅子に腰を下ろし、被疑者と真っ正面から対峙した。


 過去に捜査二課というエリート集団に身を置き、四知三係ナンバーに在籍した警部の尋問技術に、優妃は期待せずにはいられない。


 そして、被疑者と真っ直ぐ目を合わせる滝馬室警部が、どんな第一声を発するのか、優妃も思わず緊張する。


 まるで、自分が尋問を受けるような錯覚すら覚える。


 かつて”帝王”と呼ばれた男は、静かに口を開いた――――――――。





「駄目だ―――――————自信がない」

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