「魔王」取り調べで囁く者(1)
威風堂々とした優妃の語り口が、途絶えたそのスキを、口野は見過ごさなかった。
「お姉さん……そこのオジさんから指示受けないと、何も解らないの? もしかして、新人の人?」
優妃は取り乱し椅子から立ち上がると、両手を勢いよく机に叩きつけ、被疑者に詰め寄る。
相手を軽んじるその発言は、現場で経験を積んだ刑事である、彼女のプライドを傷付けた。
「ちっがうわよ! あんた、本当に感じ悪いわね!? 人を見下した態度が鼻につくのよ!」
滝馬室が丸めたノートを持ったまま、両手で抑え必死でなだめる。
「優妃さん!? 落ち着いて? 取調室の外に怒鳴り声が聞こえると、問題になる」
優妃は静かに椅子へ腰を降ろす。
これ以上、追求されることはないと踏んで被疑者、口野の重く閉ざした口は、嘘のように軽口になる。
「俺、知ってるよ? どうして”取調室にカメラ”があるか。何で日本に”司法取引”が必要なのか。これでも大学出てるんで」
口野は、のっぺらぼうのように無表情で語る。
「そもそも、警察の強引な取り調べで無実の人を、犯罪者に仕立て上げて"冤罪"を生んで来たから、"監視"が必要になったんだよね? それで取り調べがやり辛いから、相手を追い詰める手段として"司法取引"を導入してくれなんて……ちょっと虫が良くない?」
天野・優妃は相手を睨みつけることしか対抗手段がなかった。
次は彼女が黙りこくる番となってしまう。
口野は眼鏡のブリッジを中指で上げた。
同じような癖を、いつも間近で見ているが、これは眼鏡をかけた高学歴全般の習わしなのか?
被疑者は続ける。
「結局、警察は制度が新しくなっても何も変わらない。権力を笠に着て横暴に振る舞い、普通の人間を一方的に追い詰める。俺達、一般人は国家権力って言葉に騙されて、言うことを聞いてしまう…………"正義"の看板を利用する背任者。本当の詐欺集団は
あろうことか、詐欺犯を取りまとめ
しかし、この取り調べ自体、規則を破った非公式の聴取。
カメラや録音機器による記録は、違法に得た供述として裁判での証拠能力は無い。
口野が詐欺犯のリーダーと主張しても、
な、の、に、聴取を取り仕切るはずの滝馬室は、被疑者と対峙することを拒むどころか、司令塔としての役割も放棄してしまい、相手を落とす証拠すら用意していない。
一体、この場所へ何しに来た?
優妃が腕時計を横目で見る。
――――午後、四時五十七分。
三分後には検察に移送される。
残り《三分》で、被疑者が自らリーダーだという、決定打を見出さなければならない。
平行線を引いた状況に、ジレンマを覚える優妃は苛立つ。
考えあぐねた優妃が、悔しいそうな表情で指令塔へすがる。
滝馬室は首を振り、これ以上の策がないことを伝心。
手札を使い切ったことを悟られたのか、被疑者の唇は緩み、卑しい微笑を見せた。
詐欺を先導した影の首領は、ここまで追い詰められても尚、余裕を見せる。
事はこの男の思い通り。
詐欺グループと、それに通謀した犯罪者は逮捕することが出来た。
が、犯罪の黒幕を挙げなければ、また同じ犯罪が繰り返される。
試合には勝ったかもしれない。
だが、この男はとの一騎討ちにおいては、負けたとしか言いようがない。
差し迫る時間を告げる為か、滝馬室は女刑事に即席メガホンで促す。
「そうね……時間ね……」
優妃は目を伏せて自分に言い聞かせる。
諦めたたように小さく唸ると、被疑者に顔を向け話を再開する。
「
彼女は丁寧に一礼し、顔にかかった髪を両手で払ってから言葉を足す。
「”あなたがグループのリーダーなわけ無いわね”。用心棒の田代は、お世辞にも賢いとは言えない。でも族の頭を張るだけあって、グループを束ねる統率力に優れている……”カリスマ”としか言いようがない。不動産屋の押尾にしても、暴力団相手に商売出来るだけの”度量”がある」
わずかに被疑者、口野の眉がつった。
彼女の言葉は愚痴のように止めどなく出る。
「それに比べて、あなたは警察の強制捜査の時、あっさりと降参した。田代や押尾のような
優妃は不快な表情で手で喉を摩り、つっかえているものを吐き出そうとするモーションをする。
すかさず滝馬室が即席メガホンで、助け船を出すと彼女の顔を晴れた。
「そう! ”虎の威を借る狐”」
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