「魔王」取り調べで囁く者(2)

 黙っていた口野に変化があった。

 蔑称べっしょうを機に足を揺すり始め、下唇を噛む。

 口野は睥睨へいげいし、苛立たしげに返す。


「ねぇ? さっきからさぁ……人を小馬鹿にしてるけど、いいの? これ、弁護士に相談したら、そっちは不利になるんじゃない?」


「別にあなたのような小物に言われても、迫力に欠けるわ」


 優妃が被疑者を軽侮けいぶすることで、相手の神経を逆撫でする。

 口野は取り乱す。


「俺をキレさせてボロが出るのを待ってるんだろ? そんな手に引っかからねえよ。絶対に、あんたらを訴えてやるからな……」


 彼は睨みを聞かせる。

 優妃は溜め息をつき、引き下がる。


「そうですか…………まぁ、あなたに田代や押尾のような人心掌握術は出来ない。一流大学を出て就職出来なかったあなたには、せいぜい小銭の計算がいいとこ……しょうがないわ。大学では、カリスマ性に付いて教えてくれないんだもの……」


 女刑事が肩を落としながら、席を立とうとした。

 すると――――。


「俺が……あの馬鹿共に、負けてるって言いたいのか?」


 優妃は被疑者を見下すように言う。


「勝負してたつもりだったんですか? 」


 その返しに被疑者、口野は意地になり、切れ目を見開かせ情動的に語る。


「グループは俺が一から作り上げたんだ。ヤクザのバックアップも無しに、俺が立ち上げて大金を生み出した。ヤクザに目を付けられた時だって押尾が話を付けたことになってるけど、押尾はヤクザとのパイプ役で、話を付けたのは俺だ!」


「あなたの功績? たかだか、一末端のあなたがやったと?」


「ちげーよ! 田代や押尾、他の詐欺やってた馬鹿には出来ない。俺だから出来たんだ……」 


 女性刑事の優妃が静かに尋ねる。


「あなたが、"リーダー"だと認めますね?」


 その問いに対する答えは――――――――。





「俺がリーダーだ」



 ―――ついに吐いた―――。

 一流大学を卒業したにも関わらず、社会に認めらることがなかった青年が、アウトサイダーの世界で成功を得た。

 それすらも認めらないのは屈辱だったのか。

 自供と言うより、一人の意識が高い大学上がりの、訴えのようにも思えた。

 

「で? どうすんの? あんた最初に言ったよね? カメラも録音もしてないって……それで後から録ってましたって言っても、こっちは騙されんだから、裁判じゃ通用しないでしょ」


 憎たらしい。


 立ち上がった優妃は、席に腰を下ろし口野を真っ直ぐ見つめ語る。


「あなたのおっしゃる通りです。この取り調べで得た供述は、"ここだけ"の話になりますので裁判ではなんの効力も生じません」


 口野は鼻を鳴らしあざ笑う。

 優妃はかまわず続ける。


「ですが、暴力団に対し金銭の貸し借りなどは、違法行為となります。そちらの《余罪》を立件しようと思っています」

  

 話の概要が掴めず、被疑者は眉を潜める。

 理解させる為、彼女は解説した。


「あなたが清原組を退ける為、支払った《上納金》は【暴力団排除条例】に該当するでしょう。勿論、受け取った清原組も《同罪》です。近々、暴力団専門の組織犯罪対策課が、彼らを検挙するそうです」


「だから何?」


「すぐには理解出来ないですよね? ご説明しましょう。警察に逮捕された清原組が、あなたから上納金を貰ったことで、逮捕・・されたと知れば、おそらく、あなたは相手の暴力団から報復・・を受ける。少なくとも、あなたの詐欺グループの人間からは"証言"を得ています。察しがいい清原組の構成員なら、あなたが摘発の"きっかけ"になったと気付くでしょう」


「はぁ? 何言ってんだよ? ヤクザが金を受け取ったことを、密告チンコロされたくらいで、仕返しに――――」


 そう言い終わる前に、口野の表情が一変する。

 まるで天使を見たかのように言葉を失い、目を見開いまま、こちらを見つめ硬直する。

 彼が息継ぎをした後、目が泳ぎ始め、顔から血の気が引いていく。

 被疑者は明らかな動揺を見せた。

 優妃は畳み掛ける。


「お気付きになりましたか? さすが、東大を出ているだけはありますね?」

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