リマインド=ナンバーの帝王(1)

 冷たい風が、頬を叩くように吹きすさぶ。

 それは、屋上で立ち尽くす滝馬室を、過去から現実に引き戻したように思えた。


 昔の自分を見つめ直しても、過ちは正せない。

 もう、変わることのない事実に、固執するのは辞めければ。


 滝馬室は磨かれた革靴から目を外し、室内に戻ろうときびすを返し、扉へ向かい一歩踏み出す。


 振り向き様、影法師と視線を合わせたのかという錯覚は、すぐに間違いだと気付く。


「優妃さん……」


 女刑事はドアを塞ぐように立っていた。

 その表情は険しく、何かを咎めるような威圧感さえある。

 その憤懣ふんまんさを訴える目つきが、何を刺しているか検討が付いた。


「社長……何していたんですか?」

 

 気にしだすと、浅慮せんりょだろうと構わず聞いてくる。

 節操の無い女だ。


 彼女の質問に戸惑うも、滝馬室はいつものように、ひょうひょうとして答える。


「あぁ~……ほら、今日も快晴だろ?」


「はい?」


 滝馬室が、澄み渡る青空眺めながら発した言葉は、生娘きむすめを落胆させた。

 

「いい天気だよねぇ~。青空に向かって、オッシコを飛ばすと気持ちいんだよねぇ~」


「はぁ!?」


 滝馬室は大きく腕を広げ、空へ向けて、めいいっぱい伸びをする。

 スーツが彼の肩周りを締め付けるので、前のボタンを開けている間に、優妃は冷たくあしらう。

 

「最っ低!」

 

 滝馬室は力無く笑い、反省する。


「ははは……屋上でするのは、マズいよね……」

 

 肩を落とし、一回り背丈が縮んだ上司を優妃は叱咤する。


「それもありますが……さっきの電話、諏訪警部補にかけていたんですよね? それなのに、こんな所で何もしないで他人任せにした、あなたを最低と言ったんです」

 

 彼女の言葉は、滝馬室の心に鋭く刺さる。

 

 我ながら情けない。


 次に出た優妃の言葉は、滝馬室の心の内に入り込む。


「タキさん。昔、”ナンバー”だったんですよね?」


 彼の中でヒビの入ったガラスが、割れるようだった。

 滝馬室は彼女に目を向け、表情を伺う。


 何故、知っている?


 滝馬室は、優妃がどこまで知り得ているのか探る。


「……加賀美に聞いたのか」


「はい」力ずく答える優妃。

 

 加賀美め、余計なことを吹き込んだな。

 

「どこまで、聞いた?」


「何をですか?」


「昔の俺について、アイツから聞いたんだろ?」


「タキさんが昔、捜査二課にいて、汚職事件を担当するナンバーだったという話だけです」


「それだけか?」


「はい……何故、そんなに過去にこだわるんですか? 昔、二課で何があったんですか?」


 彼女のただ真実を知ろうとする、真っ直ぐな目を見て、滝馬室は思案する。


 この女は本当に何も聞いてないようだな。

 "代理店"にいる時点で軽蔑されているのだから、今更、気にすることもないが、知れば、また裏切り者として見られるに違いない。


 警察のつら汚しとなじり、俺の存在を否定する目。

 俺の心は、その目で何度も殺された。

 もう――――沢山だ。

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