滝馬室という男(5)

 もしかしたら、これは自分に対する、警察の報復人事なのではないか? 

 組織からつまはじきにされた者が、汚職を公言しようとし、同じ警察の仲間から裏切り者と恨みを買い、警察を追い出されることで、仕返しをもくろむ。

 しがらみの消えた人間の行動ほど、権力者にとって危険な物はない。


 あの時、警察を去った滝馬室がマスコミに汚れた警察機構を明かせば、警察は世論の信用を無くす。

 それを懸念した上層部は、滝馬室が警察を去ることを引き留め、公の場から隠す為に公安という裏方に取りこんだ。


 公安部で、都合良く使えるようになると、今度は監視任務という名目で、雑居ビルという檻に閉じ込める。

 こうすることで、更に滝馬室を暗い穴蔵へと追いやった。


 もやは、このダミー会社の責任者など、組織の邪魔者を幽閉する魂の檻同然だ。

 暗い穴蔵の奥底。

 外へはいでるには暗すぎて、出口を見失い叫び声を上げても、外に届くには遠すぎる。

 

 考えてみれば至極当然。

 違法捜査の嫌疑のかかる警察官を、おいそれと戻すはずがない。


 だが、滝馬室はそれでも良いと思えた。

 彼は過酷な刑事の職務に、疲れたのだ。

 

 もう、靴を履き潰すほど、聞き込みをしなくてもいい。

 腹の底がしれない被疑者との取り調べで、何時間も睨めっこすることもない。

 口うるさい上司の顔色を気にしたり、出世争いで足下を救われないか不安に思う必要もない。

 直属の部下や所轄の刑事達が向ける、値踏みするような視線や、下からの突き上げに恐怖を感じることもなくなった。


 会社の経営は警察が監視の為、資金を援助してくれる。

 カルト教団が存在する限り、会社は営業を続け仕事に困ることもない。

 警察官ではなく一般人として、このまま平穏に人生を終えるのも悪くない。

 

 彼は心の安らぎを、この水を売る会社に求めるようになる。

 

 とは言え一人で監視任務と、カモフラージュの水を売る仕事との両立は、膚受ふじゅう

 せめて、事務仕事だけでも肩代わりしてくれる人間を派遣してくれないか、警視庁公安部に申請する。

 

 すると、ある日、一人の男が会社を訪ねて来た。

 黒髪七三分け、面長の顔に眼鏡をかけた色白男は、滝馬室に自己紹介する。

 

「今日から、こちらでお世話になります。加賀美・尽です」

 

 加賀美巡査部長は、滝馬室と同じく監視任務に付くことになるが、話を聞くと彼は、警視庁の捜査で必要とされる個人情報を漏洩してしまい、その失態を咎められてサード・パーティーに来たとのことだ。

 

 左遷――――ではあるが、警察の個人情報の漏洩で免職にならず異動だけで済むとは、どうにも話がうまくない。

 彼も組織にとって不都合な情報を、兼ね備えているのか?

 

 それから日が立たないうちに、ある女性が会社を訪ねて来た。

 

「刑事部から来ました、天野・優妃です……私、代理店ここに長く居るつもりはありませんので」

 

 来て早々、彼女は不満を露わにし、滝馬室に威圧的な態度を取っていた。

 加賀美の件もあり、彼女が会社に来た理由は、容易に察しが付く。

 

 気付けば、有限会社ミズーリことサード・パーティーは、警視庁の左遷組が集まる吹き溜まりとなっていた。

 

 とんでもない連中だ。

 一癖も二癖もある。

 両者とも俺の統制下を拒み、各々が好き放題暴れまわる。

 とてもコントロールできない。

 まったく、とんだ不良刑事共だ。

 とっととクビになればいい――――――――。

 

 だが、こいつらがやっていることを、どうしても間違っていると心底思えない。

 むしろ、彼らの事件に対する、ひたむきな姿勢をうらやましいとさえ思える。

 自分が失ったモノを、魂の檻に閉じ込められても、尚、失わずに輝き続けていらる彼らを――――――――。


 いつしか滝馬室は、彼らに過去の自分を重ねるようになった。

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