滝馬室という男(4)
自己顕示欲にかられ、我が身可愛さに保身へと走り、且つての志しを忘れていた。
その愚行に対しての報いなのだ、
十代の頃、理不尽に命を奪われた親友に、合わせる顔がない――――。
監察による処遇を受け入れようとした矢先。
突如、公安部からスカウトをされる。
その男の切り口は、ぶしつけだった。
「
捨てる神あれば拾う神とはよく言うが、まさか黒い噂が拭えない、一刑事を引き抜くとは何を考えているのか。
それが、その時、公安部に在籍していた諏訪・幹成警部補との出会いだった。
彼が並べる文言は、わざと滝馬室を引っかき回すようことばかりだった。
「失敗したら
その時の俺は、酷くみっともない姿を晒したに違いない。
酷く、情けない声を出していたかもしれない。
酷く――――無様な悪あがきをしたと思う。
「お、俺は――――あり――――」
「あ? 何だ?」
諏訪警部補は恫喝する。
「聞こえねぇよ!!?」
「俺は! 警察官であり続けたい!」
公安部に拾われると、当時、在籍していた諏訪警部補に公安捜査をたたき込まれる。
違法捜査ギリギリの活動も行い、倫理観を疑う行動に、滝馬室自身の正義は根底から押し潰されていった。
それでも精神をすり減らし、歯を食いしばり、一心不乱に公安部の仕事を耐え、不都合なことには目をつむった。
警察官でい続ければ、いずれ返り咲くチャンスが来る。
その日まで耐え抜こうと、腹をすえた。
自分の浅ましさに、ほとほと呆れる。
季節が変わる頃合い、公安部の課長に呼ばれた彼は、重要な任務を任される。
任務内容は”左翼化した宗教団体の内偵”
カルト教団の本籍がある周辺に、小さな会社を構え、社内から信徒達の出入りを監視する。
同じ顔ぶれをリストアップし、新しく増えた信徒達をリストに加えて行く。
信徒達を尾行して、家を突き止め、水の営業にかこつけて、周辺住民から信徒の情報を得る。
その間、ダミー会社を拠点とし、公安部の刑事達が、入れ替わり立ち替わりで監視任務に付く。
むしろ滝馬室の仕事は、その拠点の管理が主な仕事だった。
他の捜査員に習いカルト教団を見張る内、彼にある疑問が湧いた。
さして、社会に脅威を与えるような、集団には見えない。
信徒達が会場に集まり、崇拝する偶像に祈りを捧げているだけだ。
反社会的思想を持っているたとは思えない。
一年が過ぎた時、カルト教団の幹部が、教団の金を使い込んでいることが発覚。
幹部は逮捕された。
幹部を失ったことで、信用を失った教団は空中分解を起こし、信徒は減っていく。
これによりカルト教団は、解体され社会的脅威は無いと公安部は判断し、監視任務を解くことを決める。
滝馬室は、これで警視庁に戻れると踏んでいた。
だが、次に公安部から言い渡された通達は「監視任務の継続」
滝馬室は上司に、任務継続の意義を問う。
上司の言い分は「幹部を失い、空中分解したカルト教団の元信徒達が、独自の宗教団体を立ち上げ、再び活動を始めようとしている。
しかも、活動方針は以前のカルト教団と同じ、社会に脅威を与えかねない左翼的思想。予断を許さない状況だ」との内容だ。
社会への脅威が拭えない以上、監視は続けなければならない。
滝馬室は継続任務を承諾。
公安部の捜査員が立ち去った後、彼は一人孤独に監視任務を続けた。
それから半年。
来る日も来る日も、同じことの繰り返しだった。
拠点に来る信徒達をリストアップ、教団を立ち去っても、リストから外すこと無く記載して置く。
組織力を失った教団から、去っていく信徒の数は多く、去った信徒の分だけ教団が新しい信徒を歓迎する。
その為、カルト教団の信徒は実質、増えないものの、リスト上の名前は膨大になっていった。
この事務作業を一人でこなすことに、苦痛を覚えた滝馬室は、次第に被害妄想にとらわれるようになった。
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