ナンバーの帝王

女王蜂の頭を切り落とせ(1)

 有限会社ミズーリの室内では、叫びにも似た、女のヒステリックな声が反響していた。


「もぉ〜……縦に書いていたらスペースが無くなっちゃったじゃない!」


 詐欺グループの山(事件)から、蚊帳の外に追いやられた女刑事は、事件の全貌を解こうと、半端、意固地になってホワイトボードにマジックペンを走らせていた。


 滝馬室は、これ以上巻き込まれることを恐れ、見猿、言わ猿、聞か猿を決め、孫悟空が閉じ込められた五行山の洞穴に、あえて潜るように、新規開拓した定期購入者を、エクセルの顧客リストに打ち込んでいく。


 ホワイトボードに縦並びで書かれた、詐欺グループの名前は、横並び書き換えることで全体の収まりがついた。



◎末端!     ◎リーダー/悪い奴ら!

【口野】→【田代】→【役者】→【押尾】→【清原組】

【益戸】

【小向】



 表に落書きにも似た、妙な遊びが入っているのは女性らしい。


 優妃は憶測を披露する。

 

「押尾の供述から考えるなら、末端の詐欺犯は、資金を運ぶ役割もこなしていたので、このそれぞれの組織を行き来していたと見ていいでしょう」


 末端三名は消され、リーダー達の名前の下に記入されると、左右の矢印で行き来を現した。



  ◎資金の運搬/パシリ!

←【益戸】【口野】【小向】→


 優妃は独り言のように先を進める。


「末端達は、それぞれのリーダーに従っているのに、その本質は黒幕となるリーダーから指示を受けていた……味方によっては、それぞれのリーダー達も黒幕の末端だったと考えられます」


 依然として聴く気のない滝馬室。


「彼らの繋がりは、特殊詐欺で得た金のみ。利用された【役者】は別として、各詐欺犯によっては、自身に指示を出ししていた人物の顔すら知らない者もいる……」


 女刑事には、ある疑念が涌いていたようで、それを披瀝ひれきした。


「これ、どこまで続くんでしょうか? リーダーを捕まえて吐かせても、次のリーダーが現れて、また次のリーダーをほのめかす。組織の全貌が見えてきません」

 

 キーボードの手を止めた、有限会社ミズーリ代表のかける言葉は、淡泊なモノだった。  


「続くも何も、暴力団にたどり付いたんだから、終わりだろ?」


「諏訪警部補は《捜査に進展がありそうな情報を思いだしたら連絡してこい》と、言っていました。私達"代理店"は、これまでの内偵で事件に深く関わっています。すでに我々の事件でもあるんです」


 諏訪さんも優妃に、余計なことを吹き込んだものだ。

 おかげで、正義の押し売りか始まってしまった。


 彼女は憂慮ゆうりょを口にする。


「何だか、私たち……"誘導"されてるような気がしませんか?」


 それを聞いも滝馬室は驚かなかった。

 何故なら彼自身も、その疑念に一抹の不安を、覚え始めたところだった。

 視界の右側で、パソコンモニターからひょっこり顔を出した加賀美が、優妃に聞く。


「誘導……ですか? では何にでしょうか?」


「わかりません……"見えない何か "、としか言いようが……」


「いささか、非現実的な考察かと?」


 それぞれが抱いた暗澹たる気持ちは、この場に暗い陰を落とした。

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