女王蜂の頭を切り落とせ(2)

 それからミズーリの面々は、いつも通りの業務に落ち着く。

 優妃は考えがまとまらず、ホワイトボードから一旦離れたが、それでも詐欺犯の図式が気になり、資料を取りに立ち上がる度、ボードに目を止め何か思案してから、その場を離れる。


 皆、昼食を済ませ再び仕事に戻ると、優妃が会社の掛け時計を見ながらボヤいた。


「そろそろですね?」


 時刻は午後四時。


 滝馬室が聞かないふりをすると、インテリ眼鏡の加賀美が話をすくい上げた。


「今日で四十八時間。正確には、午後五時過ぎると、最初に逮捕した詐欺犯は検察に移送されます」

 

「私達、こんなところで仕事してて、いいんですか?」


 さすがの滝馬室も嫌気か刺し、少々、憤慨ふんがいしながら返す。


「あのねぇ、優妃さん。いい加減にしなさいよ? こんなところでも会社だし、どこであろうと仕事は仕事」


「仕事って、カモフラージュの為にやってるだけじゃないですか」


「それでも、人を相手にした客商売だ。ちゃんとやらないと、お客さんの信用を失う」


「信用? 私達は警察です。その警察が市民を密偵するような、職務を行っているんですよ? 詐欺犯とやってることは変わりません」


「優妃さん……言葉に気を付けなさい。さすがの俺も怒るぞ?」


 とは言ったものの、まともに優妃とやり合って、説き伏せる勝算はないのだが。


 優妃は自分の言葉が、不遜ふそんだったと改めたのか、押し黙る。

 とりあえず修羅場を避け、安心した滝馬室は話を継ぎ足す。


「何にしても、リーダーさえ逮捕出来れば、詐欺グループも空中分解するだろうさ……しかしながら、便利な制度が出来たねぇ。取引で犯罪集団の頭を、もぎ取れるんだから」


 余計な話だったのか、優妃に異議を唱えさせてしまった。


「それはおかしいです」

 

「何が?」


「司法取引でリーダーを売った末端の人間達は、犯罪を犯したにも関わらず刑期が減ります。罪を認めて悔い改めたから減刑されるのでは無く、取引を持ち掛けられて、それに応じただけで法的に善意を認められたことになる。それは倫理的に善意なのでしょうか?」


 大人の女性としての、しっかりした意見に、滝馬室は素直に感心する。

 

「若いのに、難しい話を持ち出すよね? そんなこと考えてると、早く老けるぞ?」

 

「ほっといて下さい! そう言う発言はセクハラです」

 

「君の言いたいことは、解らなくもない。見方によっては、雑魚だから見逃していいことになるからな……そうだ」


 何かを思い出した彼は続ける。


「知ってるかぁ? 蟻や蜂の女王は、幼虫の中から、優秀な者を候補にするんだが。その女王候補が外敵に食われると、次の女王候補は下っぱから選抜されるんだってよ?」


 最近になって自分は優妃を、ほとほと呆れさせるのが、得意だということに気が付いた。

 彼女は顔をしかめて言う。


「タキさんぐらいになると、歳の数だけ、無駄に知識だけ増えるんですね?」


「ほっとけ!」


 悪態をつくと滝馬室は付け足す。


「まぁ、虫の社会は、人間社会にも当てはまる。指示を出す頭がいて、それに従う隷属れいぞくがいる」


 滝馬室はホワイトボードを指で刺し、宙で“円“を書いて、くくった。



     ◎リーダー/悪い奴ら!

【田代】→【役者】→【押尾】→【清原組】


     ◎資金の運搬/パシリ!

   ←【益戸】【口野】【小向】→



「詐欺グループも、一種の虫のコロニーと…………」


 その時、滝馬室の頭の中で閃光が走り、その閃光は一瞬にして、ビッグバンのように弾け飛んだ――――――――。

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