アライアンス=捜査二課

イノベーション

 滝馬室たきまむろ仁喜ひとよし

 四十歳。

 職業、会社経営。


 彼は、光すら届かず、暗闇で底が閉ざされた井戸を、地上から見つめるように、深く沈み、これまでの二週間を悔いていた。

 

 悔やんでも悔やみきれない。

 もう後の祭りだ。

 あの時、熱血女刑事の口車に載せられたらが、そもそもの間違いだ。

 あれさえなければ、俺は今でも、水の営業で、波風立てずに生活していたはずなんだ。


 どうするんだ、この状況?

 逃れようがない。

 俺も刑事で、訳あって身分を偽っている、と説明しても、信じてもらえないだろう。

 それを立証するデータは、潜入任務が終わるまで、開示されない。


 誰か、警察内部で権限を持つ人間が、俺を警察だと証言してくれれば、話は別だが、今の俺には、そんな人間はいない。


 それに、このまま、詐欺グループの一味として送検されれば、昼のワイドショーに取り上げられ、名前を公表される。


 そうなれば、有限会社ミズーリは間違いなく、世間から社会的制裁を受けて、跡形もなく消滅だ。

 

 カルト教団の監視任務を、まっとう出来なかったということで、そのまま公安部から切られるだろう。

 

 最悪、優妃や加賀美は、上司の俺が部下を騙して利用していたから、詐欺とは関係ないと言えば、難を逃れるはずだ。


 警察官の職務に復帰するのは、難しいとは思うが。


 当の俺は送検され、犯罪者として裁かれて、世間から消えて行く。


 本当にツイていない。

 せっかく、刑事の仕事から離れた、安住の地を手放すことになるなんて。

 


 取り調べ室は、冷たい壁に囲まれており、いるだけで息が詰まりそういになる。

 机の隅に、小型のカメラが取り付けられていた。

 スイッチが入っておらず、では記録はされない。 

 だが、こちらを一点に見つめるレンズは、まるで、滝馬室のこれまでの行いを、厳しく咎めているように見えてくる。


 こんな事態なのに、下らないことばかり頭に浮かぶ。


 ”刀倫処とうりんしょ”――――だったか?

 仏教に記されている地獄の一種。

 地平の彼方まで広がる壁に囲まれ、地は業火に焼かれ、天から熱鉄の雨が降り注ぎ、木々から刀が鋭く伸び、その刃は罪人を串刺しにして切り刻む。


 きっと昔の人は、逃げようのない窮地を、地獄に例えていたのかもしれないな。

 今まさに俺が、その地獄を”再度”味わっている。


 こんなことばかり考えてたら、また優妃に呆れられるな。


 せっかく、地道に挨拶回りをして、営業先のお客さんに名前と顔を覚えてもらい、世間話や家庭の悩みを打ち明けてくれるまで、親密になれたのに台無しだ。




 これから、どうなるんだろうなぁ――――――――…………。









              

              後半へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る