イニシアチブ=張り込み(4)

 滝馬室は、天野・優妃が詐欺グループが拠点を構えるマンションに、勇んで足を運ぶのを止めようとする。


 彼女の後を付いていく、安いスーツの中年男は、周囲の目を気にして、小声で説得を試みた。


「ちょっと待て。無茶は止めろ。これから先は、捜査権限の無い俺達じゃ、踏み込めない」


「捜査機関が、同じように傍受するということは、踏み込むきっかけがないからです」


「だからって、君が行って、どうなるんだ?」

 

「こうして張り込みをしていた間でも、被害者は増えているんですよ?」


「気持ちは解る。だが、”代理店”が動けるのはここまでだ。ここから先は俺達では介入出来ない。それに……」


 滝馬室は、いいずらそうに口篭もり、意を決した優妃に対し、言ってよいものか躊躇ためらう。

 そんな彼に、業を煮やした優妃は、苛立たしげに聞く。


「何ですか? はっきり言って下さい」


 滝馬室は観念して返す。


「もう、五時になるから帰ろう。後は警察に通報して、明日、逮捕してもらえばいいじゃないか?」


 優妃は溜め息と共に、目線を浮かせ呆れる。

 次に、きつめに返した。


「私達が、そのなんです」


「おい、コラ。危ないだろ」


「詐欺を働いている現場に乗り込んで、私を不法侵入で警察に連行してもらいます。そうすれば、私を捕まえる名目で、捜査員が拠点に入れて、現場を抑えることが出来ますから」


「それで君が囮になるのか? それで、ただで済むと思うか?」


「他に何かありますか?」


「ともかく、落ち着け……」


 彼は彼女の腕を、思わず強く掴んだ。 


 すると、思わぬ反撃を喰らった。

 優妃がひるがえすと、ボブショートの髪を、傘のように広げ振り向く。


 次は、とっさに掴まれた腕をひねり、滝馬室の手を掴み、腕をねじる。


 そのまま、腕をねじられ続け、肘が回り、ねじりが肩まで伝達すると、滝馬室の身体は自然と腰が沈み、一七五センチの滝馬室は、自分より背の低い、一六〇センチの彼女に屈服すかのように伏せる。


「痛たたたた!?」


 滝馬室は優妃に掴まれた手を、無理矢理、振りほどき、反対の手で、ねじられた肩を抑えて、痛みを和らげる。


 あの熱血女刑事め、”逮捕術”を使う相手を間違えてるだろ?


 逮捕術は、治安維持の命を受けた、国家公務員なら、皆、得とくしなければならないすべだ。

 逮捕術はあくまでも、基本となる柔道や合気道の延長線にある技であり、相手を制圧する決まり手である。

 警察官や海上保安庁以外にも、自衛隊の風紀を取り締まる警務官や、麻薬取締り官も、逮捕術を習得している。


 それは、例外なく婦人警官も得とくしており、巡査部長の優妃も、逮捕術を有している。 

 

 そんな物を、人目の付く公共の場で見せただけでなく、あろう事か、上司である、俺に対して使うとは――――。


 一般人が見ても、異常な光景なのに、詐欺犯の目に止まれば、事だ。


 滝馬室の妨害を退けた女刑事、優妃は、その足でマンションに入って行った。

 彼は慌てて後を追う。


 優妃はエレベーターに乗り、三階へ。

 乗り損ねた中年男は、泣く泣く階段で上まで駆け上がる。


 三階に到達すると、動悸息切れが激しくなり、朦朧もろうとするが、廊下の奥、拠点とされる、三〇五号室の前に立つ、スーツの女刑事を捉えた。


 優妃がドアノブに手を伸ばそうとすると、滝馬室は次に予想できる行動を封じる。 


「やめろ」


 滝馬室は彼女に近付く。

 二人は三〇五号室の前で、声を潜め、会話する。

 優妃がこちらに向ける、鋭い目は、迷いが無かった。


「何ですか? 邪魔するなら、タキさんでも容赦しませんよ?」


「それ、俺の腕をひねる前に警告して欲しかったな……いくらなんでも、危険すぎる。乗り込んでも、相手は何人いるか、まだ解らないんだ。こちらは、三人……」


 滝馬室は目線を泳がせ、言い直す。


「加賀美は戦力にならないから、俺達二人。分が悪い」


「じゃぁ、他に何かに手があるんですか?」


「とりあえず、警察を呼んで、踏み込ませればいいだろ? 理由は……何かでっち上げればいい」


「何て言って、押さえさせるるんですか?」


 滝馬室は返す言葉を探し、数日前に訪問したことを思い出した。


「金属バットで脅されたとか……とにかく、警察が入れば、何か出るだろ?」


「それじゃ、確実に検挙出来るか解りません」


 中年男の説得は、効果を成さない。

 滝馬室は両手を広げ、再度、交渉する。


「だから――――――――」


 その時、三〇五号室の扉が開いた――――。

 

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