第8話 じっくり味わうがいい!!
握る片手に力が籠る。
ぐっと唇を引き締め、挑むように上空を見上げ……。
そして、奇妙な沈黙が流れた。
「えっと、引き上げないのかしら?」
肩すかしを食ったようで少し気恥ずかしくなりつつ、シャカに問い掛ける。
「引き上げる? お主は私の提案に乗ったのだろう? なぜ引き上げる必要がある?」
「いや、だから、貴方が垂らした糸を私が掴んで……」
そこでようやく、私は相手の提案を誤解していたことに気が付いた。
成績オール5だった私とは思えない信じがたいミスだ。
蜘蛛の糸のお話をよくよく思い出してみれば分かったはずなのに。
「私が頑張って登らなくちゃいけないということ? この蜘蛛の糸を使って?」
「蜘蛛の糸ではなく○○の糸だと言っているだろう?」
最高にどうでもいい突っ込みを右から左へ聞き流しつつ、もう一度目の前の細い糸へと焦点を合わせる。
成績オール5ということは当然体育の評価も良かったわけで、体の使い方にはそれなりに自信はある……けど、こんな細い糸の登り降りを練習しなければならないほどアクロバティックな生き方はしていないのだ、残念なことに。
もっとも私が『生』きているのか、それすらも分からないのだけど……。
「○○の糸」。
食べれるし、ちぎれる。
蜘蛛の糸ではない。
この意味はいったい何を暗示するのか。
業火の火に煌めき、様子をうかがうかのように揺れる針を見つめながら思考をめぐらす。
そういえば……彼はもう極楽へと行けたのだろうか……。
彼もツアーならば煉獄でも相応の体験が待っているだろう。
では私の前だけに垂らされた「○○の糸」もその体験なのか。
煉獄は罪の克服の場所。
では、これも私だけに課された罪への試練を意味しているのではないか。
ならば……。
「いいわ。私は死んだ私の意志のまま、自分の力で○○の糸を登って見せる。例えシャカ○○○チキンの試練であっても!」
シャカは軽く挑むように笑い、たたずまいを正すかのように咳払いをして息を吸い込む。
そして、私にだけ言っているとは思えない、まるで咆哮のような、芯まで響く大音声で言った。
「この○○の糸は千代子、お前のための黒帯じゃ。じっくり味わうがいい!!!(シャカ○○○チキンも次はたべてやー)」
言霊から伝わる余計な思念を私は即行掃出し、○○の糸へと手を掛けた。
そして私の意識、私の煉獄に彷徨う魂は、試練の世界へと切り離されていった。
$$
我に返った私の目に映るのは、あの『トマト祭り』の会場であった。
そこには当然のように、あの緑の鬼も居る。
「……あら~ん? さっきアタシに告☆白してくれた女の子じゃな~い。もう! アタシに振られたからって、いなくなっちゃうことないじゃない! アンタいきなり目の前から消えてびっくりしちゃったんだゾ☆」
現状を把握できていない私に、鬼は矢継ぎ早に話しかけてくる。
「ほんと、アタシに告白するなんて、あんたも好☆き☆者ねぇ! ま、なんだかんだ嬉しかったから、『ちよこ』にはひとつ忠告しておいてあげるワ」
「なんで私の名前を……っ」
「あら? 地獄の鬼が、堕ちてくる魂の名前をしらなくてどうするの? それに、アンタは有名だしね。ともかく……」
そう一呼吸おいたあと、鬼は一転し、真剣な声色で語り始める。
「ちよこ。マネキンの風体の男を見かけたら気をつけなさい。それと。あまりに『飛び』過ぎると、帰ってこられなくなるわよ」
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