第7話 蜘蛛の糸にしては変ね……
生前の感覚を基にこの世界を端的に言い表すならば、さしずめ果ての無い噴火口と言ったところだろうか。
火炎と黒煙が視界を埋め尽くすこの光景を、しかし千代子は案外気に入っていた。
先程の地獄のような猥雑さがこの世界には感じられず、加えて無限にも思われる炎のゆらめきが、ある種の秩序だった清らかな美を伴っていたからだ。
煉獄でこれほど自分を満足させてくれるのならば、天国はどれほど素晴らしい場所なのだろう……そう胸を躍らせる千代子の歩調は軽い。
例え業火が休みなくその魂を焼き尽くしていても、である。
しばらく歩き通した後、千代子はなんの気なしに空を見上げてみた。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
J
「……何これ。もしかして蜘蛛の糸かしら……?」
天より伸びる一筋の白線。そう、これは、まさしく蜘蛛の糸であった。
「でも、蜘蛛の糸にしては変ね……。何故先っぽが釣り針みたいになっているのかしら……」
「良くぞ気が付かれた」
「!?だっ、誰?!」
突然、何処かから声が発せられた。
恐らく、声の主は、糸を垂らしている人物だろう。
「ハッ……。私を知らぬ者が存在するとはなぁ……。これだからココは面白い……」
糸を垂らしていると思われる人物の声が脳内に響く。
糸に釣り針に脳内の声。
千代子は一瞬状況の把握が難しくなり、危うく卒倒しかけた。
どうにか持ちこたえた千代子は、目の前の光景を整理することにした。
糸を垂らし、声を脳内に直接届けられそうな人物……。
(そういえば、一人だけそうする事が可能な人物が居るわね……。)
そう考えた千代子は、その推理を確かな物にしようとした。
「御託は結構よ。さっさと名乗ったらどうなの?」
「ハッハッハ……失礼した。我が名はシャカ……」
ビンゴ。思ったとおりだわ。
「やはり貴方があの御釈迦様なのね」
釈迦の垂らす糸を伝えば極楽まですぐ……。
これはツイてるわね。
「○○○チキン……だ」
「えっ……シャカ○○○チキン……」
「そうだ、私はシャカ○○○チキンだ」
どうしよう。
パチモノが糸(釣り針付き)を垂らしちゃってるこの状況。
どうすれば良いの。
「選択肢は、二つあるわ」
ひとつ、パチモノの誘いに乗る。
ふたつ、『ふざけんじゃないわよ、この豚野郎』と一蹴する。
「私の性格から言うなら、ふたつめを選ぶのが妥当なのかしらね」
たとえ一人でも、常に他者の視線を意識する。優等生(いいこ)で居続けてきた私の癖、習慣、習性。
「でも、いいわ。乗ってあげる。スリルのない人生なんて気の抜けたビールと同じだものね」
「……って、お前未成年やないかーーーい!」
「……最近のシャカ○○○チキンはツッコミもするのね。ちょっと鳥肌が立ったわ」
「さえずるな、小娘が。私にはいつでもこの○○の糸を引き上げる用意があるのだぞ」
「これ、蜘蛛の糸じゃなくて○○の糸なのね。ますます気乗りがしなくなってきたのだけど」
それでも、私は手を伸ばす。
この絶望的に孤独な世界は、獄炎が肌を舐め暗黒が肺を灼くこの美しすぎる世界は、私みたいに完全無欠な人間には少し退屈すぎる。
握りしめた手には冷ややかな感触。
さあ、私をどこへでも連れて行って頂戴。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます