第6話 マネキン1000日の刑

「……。やっと、一緒に来れたね……」

「……」

いつも通り彼は、無口だった。

でも、今はそれでいい。

私と一緒にここに居れる事、それが一番大切なことなのだから。

「隣……座ってもいいよね……?」

「……いいよ」

彼が声に出してそう答えた訳ではない。

だけど、心の中で確かにそう聞こえた。

やっと、心を開いてくれたのね……。

ならば、次は……。

私は、彼の隣に座ると、少し彼の様子を伺い、そして、ゆっくりと顔を彼の顔へと近づけていった。

後は、する事は唯一つ。

さあ、あとちょっと……あとちょっと……。

あと指一本分くらい……。


「……あ~、やっと終わった……。地獄体験ツアーなのに、マネキン1000日の刑はいくらなんでも重すぎだよなぁ~」


……えっ?

何が起きたの?

いきなり喋るようになったし、そもそも言ってる内容も訳わかんないし……。

私は、顔を急いで遠ざけ、彼のことを観察し始めた。


「地獄体験はこれで終了っと……。次は煉獄体験ツアーか。想像つかねえなぁ~」


彼は、まるで私に気付いていない体で、そう独り言を言った。

どういうこと?煉獄?

これはもう少し彼の話を聞いている必要があるわね……。


「行くぞ」


えっ。

そういうと、いきなり、彼は私の手を取った。

あっ。

そして、海の方へと走り出した。

止める人もここには居ない。

そして。

二人で。


ぴょーぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんんん。


ゴスッ。


$$


そうして煉獄にたどり着く。


「燃えているわね。これが清めの火、というものなのかしら」

彼と再び会えた喜びがある今、この程度の熱さ、どうってことはない。


……確か煉獄って、浄化の火の苦しみに耐え、罪を清め、そして天国に向かうものだったと思うのだけれども、こんな調子でいいのかしら。

そんなことを言ったら先ほどの地獄だって、永遠、もしくはそれに限りなく近い時を苦しみ続けなければならないと、教えの中に地獄が存在する多くの宗教で言われている中、抜けてこられたわけだし。


「ま、体験ツアーだから仕方ないわね」

そう一人で納得しかけたとき、私は彼の言葉を思い出した。


『地獄体験ツアーなのに、マネキン1000日の刑はいくらなんでも』


……彼が “マネキン” だったのはどこの世界なのか。

私が “現世” と思っていた世界だ。

それはつまり。

その “現世” こそが地獄と呼ばれる世界なのではないか。

彼をマネキン呼ばわりし、そんな彼を慕う私を嘲笑うあの冷たい世界が。


となると、本当の世界はどこにあるのか。

そして、人の気配がない“現世”に似たあの世界はなんだったのか。


知りたい。


「ねえ、あなたに聞きたいことが……」

そういって私は彼の手を握っていたはずの左手の方を見たが、そこには誰もいない。

「また、一人ぼっちね。みんな、いつも私より先に消えてしまう……」

そう呟きながら、もはや自分がいつ生まれたのかも思い出せない私は一人、煉獄を歩きはじめる。

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