第5話 『美』で世界を救えるまで
結局、彼は最期まで私の想いに答えてくれることはなかった。
別れは突然だった。
ある日、いつも通りに○まむらに行った私を待っていたのは、彼が廃棄処分されたという店員の無慈悲な宣告だった。
その場で泣き崩れた私のことを、勉強のストレスでノイローゼになった受験生と誤解した店長に、色々と見当はずれな励ましの言葉をかけられた
勿論そんなことで心が癒えるはずもなく、私は意気消沈したまま東尋坊に……。
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「……そうだった、それで私は死んだんだ」
不意に蘇る、死の直前の記憶。
無重力に身を委ねる時の空虚な爽快感、澄み切った空の美しさ、岩場にぶつかった時の魂まで突き抜けるような衝撃……。
ふと気が付くと、私の眼の前に立っていたはずの鬼はどこかに消えてしまっていた。
いや、なんか……それどころか、直ぐ脇に広がっていた血の池地獄も、仄暗く寒気に満ちた空間も、何もかもが私の周りからなくなってしまっていた。
今私が立っているのは、先程まで回想していた崖の突端。
地獄にいたはずの私は、いつの間にか東尋坊の岩場で立ち尽くしていた。
「夢だった……ってこと?」
そう呟いて、そんなはずはないと頭を振る。
あんなリアリティのある夢があるはずがない。
でも……じゃあこれは一体どういうことなのだろう?
途方に暮れて辺りを見回すと、私はある違和感に気が付く。
まだ日も高いのに、周囲に人の気配がないのだ。
人っ子一人、見当たらない。
「そういうこと……か」
どうしてあのときの私は気づくことができなかったのだろう。
彼だって、常に注目されていたわけではない。
見向きもされないことだってあっただろう。
それでも彼は文句のひとつも言わず、ただひたすらに自分を磨き続けていた。
私も現状に甘んじることなく、ひたむきに努力するべきであったのだ。
『美』で世界を救えるまで。
「ふふ……これも彼がくれたチャンスかもしれないわね」
そう考えると、先ほどまでの陰鬱な気持ちも少しは晴れた気がする。
「さて。ひとまず周りを見てみないことには始まらないわね」
なんだか今日はこんなことばかりな気がするけども。
そうして海に背を向け、歩き出そうとした私の目に映ったのは、
彼の姿であった。
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