第52話「Βは在るべき場所で成すべき事を臨んだ」

 Βは父を見て、Β´は母を見た。更に並行世界は無限に混沌として無作為に在るんだからどっちも見たΒも居るし、どっちも見ていないΒも、必ず居るのだ。

天に居る月の形した聖母ライト様を神とするならば、全部みていたんじゃないかな。

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「「おぎゃーっ! おぎゃーっ!」」

「元気な子が産まれましたね、男の子と女の子ですよ! お疲れ様です」

 チキとゲインが辛い禁酒禁煙の幾年を経て、ようやく俺も腹を括り、ついに子を産むまで至った。どれもこれも最高齢のノゾミがマタタビ餓死自殺を図り死に間際を初めて見させてくれたお陰様だ。アチキの所為だ。とあんなにノゾミの苦い顔と声色の訴えは前までの俺では到底かんじ得る事の無い、想像だにしない、幾らプログラムを並べ立てたって出来ない情というものがあった。自殺を図る直前まで、つまらん嗚呼つまらんネと、年寄特有の愚痴かと思っていたが、あんな醜態を見て何も想わないヤツは居ない。


 何故ならノゾミはこの世界にやって来て、一度だってボロを出した所を誰一人として見せた事が無い完璧さ故に隅に追いやられ嫌われたって、弱音のひとつも吐かなかったそんなネコが俺と同じくらい生きて総てを見て来て、全部を自分の所為だと買い被り、一番に苦しいであろう死に方を以ってして、俺の責任をも償う様なマネをしたからだ。



 大好きなマタタビの木の下に埋め、墓という形式のものを建てる事は初めてだった。ノゾミは死に際の苦しい顔が、いつもの冗談みたいに、一矢報いてやったゼみたいに、安らかな顔して眠っていたので顔だけ出して土に埋め、上に缶コーヒーを置いてやり、俺の一日の始まりに必ず墓の前で土下座する事が日課になった。そうすることで生きる活力が湧き、その活力を使って働き、帰り間際に通るバーにはいつもアヌさんが待って居てくれて、お疲れさんとのませてくれるブランデーとタバコは最高に美味く、今までずっと何やっていたんだと自分を呪いながら、共に今の自分を活きていると感じながら笑顔で帰宅すると、チキとゲインもまた笑顔でおかえりといってキスをし抱きしめ抱き返す日常の幸せ、その生き甲斐が絶える事なく続いているのもノゾミのお陰様なのだ。


「お前がブランデーなら、俺はウイスキーの位置に在るのだ」と、バーでヘルがいつも

いうその言葉の意味する所は理解できないが、ヘルも何か思う所がある様で、なかなかヘルもこの世界に馴染んで来たという事は確かだった。人肉造りは相変わらずではあるが、この世界は所詮プログラム、そこに人情の様な言葉を挟む粋なヤツになったのだ。



 仕事の休みにはアンダカントへ二人を連れて、ノゾミの子供が居る喫茶店へ行って、会話を楽しみながらコーヒーを飲むと、あの缶コーヒーはどんな味だったんだろうなと思い返しノゾミとの出会いを思い出したりして少し憂う事もあったが、それならば俺がノゾミ以上に生きてやろうと思うようになり、チキもゲインも同調する様に禁煙禁酒をしてくれたお陰で、産婆さんも首を締めずに元気な子が産まれたというのだから本当に元気な子だ。おぎゃあおぎゃあと甲高く泣く声にはまだ慣れなくて、心配してしまう。ちゃんとした父になれるだろうか、子供には笑顔で育って貰いたいという様な心配を。


「ーーー、本当に私の子はハジメで良いの?」

「ーーー、本当に私の子はヒカリで良いの?」

「そりゃあそうだ、前々から決めていたじゃないか」


 本当はノゾミに……男の子ならハジメ女の子ならヒカリが良いといわれたからだが、泣き疲れてスヤスヤと眠っている男の子ハジメ、女の子ヒカリは名前にぴったりな顔をしていて何より、他の赤子でも見た事のない、ほとんどが〇と一で構成されているからこれからすくすく複雑化してゆくだろうが、このままで居て欲しいと思う。このまま、俺たちアナログ人間時代に革命を齎し、綺麗なデジタルの時代を作っていって欲しい。


「私たちね、密かに決めていた事があったのよ」

「子供を産んだら疲れていても酒を飲もうって」


「俺に付き合ってくれるという事か? 無理しない方が良いぞ」

「―ーーの方が、今まで無理していたでしょ」

「ーーーはいっぱい稼いだ。酒の供は妻だよ」


「いや俺は本当に無理なんてしていないんだ。……でも、疲れた後の一杯は……うん、美味いぞ。一仕事を心行くまで終えた後は特に……な」

「そうよね」

「そうだよね」

 チキとゲインは口に出さずにずっと俺を心配してくれていたのか……。でも、本当に俺は無理なんてしていない。逆に活力が溢れてもったいないから仕事をしているのだ。


 俺は現在、教会の一室を借りて学校の教師をしている。専門分野は狂人学、未来ある子供たちに俺が起こしてきた過ちや犠牲の中で学んできた事を前向きに捉えて聞かせ、二度と同じ過ちをさせない様に……というのが初めだったが、ソレに因んで子供たちが成長と共に個性的かつ多種多様な考えを述べる様になってきて、逆に教わる事もある。



「良いかい人間はばかなんだ。何故なら人間には優れたアタマ、脳髄が備わっているが故に貪欲であるのだからね。君たちの様に異論を唱えれば断固否定する頭の固いものが居る反面、考えなしに賛同するものも居る。否定者と賛同者がぶつかればどうなるか、もちろんケンカになってしまうね。そこで先生がばかだと思う所は、そのケンカの中に在るのは必ずしもとはいわないが立派な脳髄を使わずにして善か悪か、強者か弱者か、どっちについた方が自分に有利か等の極端かつ無慈悲な決め付けから始まる汚いもの。それが子供ならまだ良い、一人でも仲裁に入って謝り合えば直ぐ治まるからね。大人のケンカに将来なるとしたらもっと汚いものが発生する、それがカネならまだしも大人はたとえ謝っても両者にプライドという最も悪く邪魔なものが在り、いつ形成されるかは誰にも分からない汚物、プライドは自分でも制御できない見えない正体不明のウイルスといっても過言ではないだろう。宿題。プライドと呼ばれる穢れた心の癌はいつどこで何によって発生し形成されるのか。いつもの様に具体的じゃなくて良いから、この紙に自分で考えた事を箇条書き又は絵にして書いてきて欲しい。もしかしたらココの誰かが英雄に成れるかもしれない貴重な宿題だから立派な脳髄で良く考えて書くんだよ」


 ……という様な事を言うだけの仕事、教師は教師でも反面教師だが、意外と親御さん中心に受けてくれて、それなりの額を貰っている。狂人学の存在を教えてくれた恩師であるヒカルコの安否は父の顔を見てから分からずじまいだが出会えて本当に良かった。



 だがひとつ難点がある。大人になった生徒が俺みたいな教師に成りたいというのなら絶大な覚悟が必要なのは確かだが、俺自身あのラジヲを使って異世界で知った事でありラジヲが無くなった今はもう恩師ヒカルコに誰にも出会えないから狂人学というものを勝手な解釈で説いている俺すら未だ、狂人学そのものの本質や得体が理解できていないから伝え様がなく、後輩を作るのは極めて困難という所。本当に惜しい人を失くした。


「おう、お疲れさん! はーっ、どっちも母親似かもな!」

「案外、育ってきたら分からんもんなんだよねえ。はい、あん時は台無しにしたから、ちゃんとバー経営者としての経験の目で厳選した特注の赤ワインだよ!」

 この二人も結婚して、子供は産めないのにイツも元気な二人。アヌさんにもシッカリ真実を伝えると、町を再生させろというだけで意外とスルリと飲み込んでくれたのだ。



 その発端のラジヲは、もはやラジヲさんという人が居て開発したものの象徴として、ひっそり寝室で眠っている。電池を開発できる人も、しようとする人も出てこないが、それで良いのだと思う。国王アダムは実の娘であるチキとゲインが城の者に命ずる事が出来て物騒な事は総て俺が絡んでいる事も白状し、ぼろぼろの国王アダムは王妃イヴと共に娘たちを頼むという命令が俺に下された。国王の威厳は未だ頭の固いヤツが新聞の偏った報道に騙されているが、王妃と共に国王が城の外でネコを撫でながらお茶をする姿が良く見受けられる。皆一様に正直になる事で総て解決する話だったというワケで、

「乾杯!」

「「「乾杯!」」」

と一幕のハッピーエンドを迎える事が出来た。だが、良くも悪くも俺の命はこれからもずっと続き、チキとゲイン、アダムとイヴは正真正銘の人間。それがこの世界の人生というもので、みんな笑顔で良い気分。酒とはこうでなくちゃ成らないのはどの世界でも同じだろう。俺たちが次に考える事といえば、ハジメとヒカリを優しく、時には厳しくゆっくりのんびりと教育してゆき次期国王と王妃として相応しい器を作ってやる事だ。


「ああ、起しちゃったか。ごめんよハジメ、ヒカリ」

「か、ぱい」


 古い言葉を最初に憶えさせてしまった。いや違う、平和に成ったこの世界に於いてはまさしく大事な言葉だろう。酒を楽しく飲めない様なヤツには、俺は絶対にさせない。

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