第50話「Γは自らを知り、はじめと新世界を臨む」

「頭蓋骨はわからんけど、身体に傷一つ出来てないネ。毛穴から血が出ているのかい。

あ……ハジメは最初、少女の身体は美しい~とかいって見蕩れていたけれど、達すると共に白目剥いて泡吹いちゃって。これは余りに生々しくて気絶しただけだよネ?」

「こんなの腹をこうやって!」

「ぐっ……がっ……おえっ! ちょ、ちょっと……! あっ……!」


「良かった、ここで死なれちゃ困る。なんだか見ていてΑって意外と簡単に作れたのかなと思ったヨ。もちろんヒカルコはヒカルコでとか、個性は違うけれどネ」


「気持ち良かったーっ! けどね、そうね、そろそろ飽きたから本題に戻りましょう。うん、身体が鈍っていたから頭もモヤモヤしていたのも判ったし、目的を忘れるくらいスッキリしたから……ハハ……ごめん、何の用だったかしら?」

「その『スッキリ』はどこで感じているか、だヨ」


「身体ねソレは! いや、心……違う、意識? 血が湧くほどの本能?」

「ちょい、丁度タイヨウが向こうに沈んでいったみたいだからアタマ冷まして深呼吸もして落ち着きなさいナ。……ウン、さっきよりもずっと良い顔にはなったネ」


「そんなこと……ないわよ。でもそうね、ちょっと涼しくなったから服を着るわ。あ、服で血を拭いた方が良いか――」

「どっちでも良いけどサ、一寸その血だるまの身体を舐めてみても良いかい」

「良いけど……ハハハっ! くすぐったい!」

「味がない……無味無臭……こりゃあ、まずいな……」

「ノゾミは血のソムリエなの? あ……あの『どの肉が美味いか』の旅で?」


「そのマズイじゃなくてネ、アチキの死ぬ理由の一つだったんだ。食べ物、飲み物でもサ

Β世界はプログラムの世界だけど食べたり飲んだり嗜好品にも困らなかったんだけど、

その総てを頬張って飽きる位まで生きてたら退屈で退屈でネ。新商品がまるで無くて、寂しさというか……味が無いと悪い意味で動物を狂わすヨって一応」


 ノゾミの話を聴きながら服を着ると貼り付いて気持ち悪いから拭き物として使ったがそのアドバイスはそういわれてみればそうかもしれない人類滅亡の危機回避であった。



「じゃあこう訊こうか、今はまだ涼しいかもしれんけど寒くなったりしたら、それしか着るものは無いのかい? 火を起こすったって道具は見かけなかったけどサ」


「あれ、私たち……いつも服とか気にしてなかったけれど、はじめ君は良いとして私はどうしていたかしら……臭いはしないけれど、汗かいたら気持ち悪いし……」

「ここはキミの思い込みで出来たのなら、思い込みで創造とか出来るんじゃないかに」



「え……どうだろ……」

 思い込みで創造という言葉でタルパの作り方、はじめ君がから聞いてそれをスルリと飲み込めたのは、我思う故に我在りという言葉と酷似しているからと気付いた。それは私とこの世界の証明にも近く、ものは試しに服思う故に服在りと念じ、無意識な瞬きをするほんの、言葉通りの一瞬で……血みどろだった服が綺麗な赤色の服になっていた。


「これは……じゃあ、そうするとつまり……?」

 私は手の平を見ながらマッチとタバコを思ってみると、マッチとタバコが在るのだ。


「そんな!……私にそんな力は……ありえない。疲れて幻が見えてきたんだわ……」


「あえていわんかったけどネ、キミは丸裸の魂から逃避してココに来た時からもう既に錯覚を起こす服を着ていたのは裏付けとして、アチキもちゃあんと見えているヨ。血が染め粉みたいに服に馴染んで綺麗な赤色の服に成った。手の平のマッチとタバコもネ」



「……恐い、こわいよ!……はじめ君ってば! このタバコ吸える……?」

 はじめ君はやっと身を起こし、妙に自然な手付きでマッチを擦ると火が点き、咥えたタバコの先に火をやるとモクモク煙が出てきて、胸一杯に吸い込んで煙を吐き出した。


「こんなのって……。知らないよはじめ君!? こんな設定しらない!」

「アレ、僕タバコ吸ったこと無いのに、なんだか……懐かしい味だなあ、ふう……」


「いや……いやあっ! どうして? ねえノゾミどうしてなの! ただ私は思い込んだだけだよ、我思う故に我在りみたいに……。タルパは他の人には見えないのに見えて、タルパマッチに火が点いて、タルパタバコの煙がぱ、パパの臭いがして――」


「そういうことネ……解ってきたヨ。まあヒカルコも吸ってみれば良いサね」

「点けてあげるよ、咥えて」


「うん……。……ゴホッ! ケホケホ! カーッ! なにこれ!……いや、それよりもどうして、はじめ君はライターを持っているの!?」


「アレ……本当だ、カチッとやったらいつの間に……マッチはどこへ?」

 ああ、ああ狂いそうだ、私は狂人であるのだから狂っているが、悪い方向へと……。なぜ創造できて、マッチがライターへ進化して、タバコからは私の克服したトラウマを思わせる臭いがして味がして……着いて行けない、頭が追い付かず……くらくら……。


 綺麗な服に涙を吸い込ませ、裸のまんまへたってしまった。硬いアスファルトの上に横になると綺麗な満月が微笑んでいる様な気がしてきた最中、ノゾミが乗るお腹の上の拭きとれていなかった血痕が消えていて、綺麗な身体になっている事にも気付かされ、ノゾミはがりがりと爪をとぐ。もちろん痛みは無く、どうでも良い……と月を見ながらタバコを吸っていると少し気分が落ち着いてきた……。ついさっきサヨナラした、あのトラウマに吸わされた時とは状況も何もかも違うからか、もう微塵も恐れを感じずに胸一杯に吸って吐いて上半身を起こすと、陶酔境という言葉がぴったりの頭の具合だったから、本当の陶酔を知りたくなって、もう当たり前に酒を作って飲んでみると、今度は想像だにしない不味さでペッと吐いた其の酒をはじめ君もノゾミも美味いという事は、私の幼い舌の所為だということも解って、判って、現実をゆっくりと飲み込んだ……。



「さあ、みなさま良い御気分のようで。アチキの推理をここに声高らかにして――」

「もう良いよノゾミ……もう眠たい……」


「なにいってんのさヒカルコちゃん! 僕はなんだかもうゴキゲンだあ! ココら辺でノゾミちゃんとやらに一つ余興といこうじゃあないかあ!」

「勝手にやってよ……私はもう寝る……」


「ヒカルコが幹事だろうに、ハジメだけじゃホラ、アダムとイヴなんだからサ!」

「誰も急かしてないんでしょ……明日やれば良いよ……ああ、もう……」


「ヒカルコ、大事な話だから吐け。ハジメ、ヒカルコの喉奥まで指を突っ込め」


「う、あう……うごっ……お……おえっ! うう……」

 もうヤだ……もう最悪。色々と私は知識を着けたく様々な探究してきて、例え老人とでも話は弾む位の知識は、それも古い知識を好んで身に着けていたから、身体に反して頭は大人だという自信があったのに、こうして形や現象にまで表れられると身体も頭も年相応、それ等についていけない私は身の程を知った。垂れるヨダレが、下水道の理に適った流れを見て、私も背伸びせず理に適った生き方をするのが良いといっている様で私は全くの子供なのだ。知りたい事を知ろうとする、やりたい事をやろうとする子供。子供が酒やタバコを憧れる事、大人が止めろという事は、本当に理に適っているさ……臭い煙を吸って吐きたがる大人、飲んだくれてそのまま溶けて消えたいという気持ちも解った気がするさ……けど……頑固な石頭の私は子供と大人の線引きが出来ない……。



「ふう……やりきれない……ああ、やりきれない……。ふぅ……。ネコは酒を飲んでも酔わないんじゃないの? ほら、マタタビ」

「アチキは良いヨ! 今は酔っちゃいられないから……ああ……それを仕舞っておくれ負けちまう……マタタビは婆あにゃ強すぎるんだ」


「ふう……まあ良いわよ。それにしても、はじめ君は偉大な功績を残してくれた」

「アチキも残しておきたいネ……ウン、ちょいとズルいがハジメは寝て居てくれる方が都合が良いんだヒカルコの視線がソッチにいっちまうからネ。アチキの推理はこうだ。


 確かにこの世界は、ヒカルコが初めにいった第二の世界、もっというと新世界である

という事が解った。新世界というのは、旧世界であるΑやΒとは法則も常識も何もかもが

違って新しいという意味……だが創造主であるヒカルコはその新感覚にさっき気付いて狼狽したという事は、まだまだ違う新しい何かが潜んでいるかもしれない。ヒカルコが力という言葉を嫌うなら、これが新世界の常識だと決め付けても良い立場であろうナ。旧世界の失敗はアチキが長ったらしく指摘していた事をヒカルコは忘れずに憶えているみたいだから甲斐があったもんで、性格上ヒカルコは同じ過ちを繰り返さないだろう。


 ここでアチキお得意の並行世界論でヒカルコの脳髄の在り処を推理してみたところ、アチキは旧世界の並行世界を狂いそうになる程、無限に混沌と無作為にある数を出来る限り見たワケで、それもヒカルコを中心に。という事実を視点を変えて考えてみれば、旧世界のヒカルコは無限に居るというワケだ。ハジメやヒカリも同様。これをちょっと考えてみてほしい、旧世界の無限大に居るヒカルコは皆、総てがあの病院で、同じ様な心境に至って極限状態で新世界を妄想していた。その妄想した新世界にヒカルコが居るとしたらどういう事か判るよネ? 無限の中に偶然や奇跡なんて極普通な現象という事そして並行世界の中にΑが飛び回っていた事を踏まえて」


「ふう……。ココに居る『私』は旧世界の私の妄想の中の私だっていいたいの?」


「そんな浅い話じゃないんだナこれが。無限の中で例え過半数以下のヒカルコでも同じこの新世界を妄想をしていると考えれば、新世界の容量も規模も莫大なものとなるし、旧世界のヒカルコが妄想する経緯はもちろん微妙に違って重なる様なものでネ、キミは未だその事実を受け入れようとしてない。つまり、『我思い過ぎ、故に我在り過ぎ』」


「……そんなの、受け入れられるワケないじゃない。都合が良過ぎなの!」

「飽くまでアチキの推理サ。ホラ、こういう時の酒だ、アチキも久しぶりにマタタビで一杯やるヨ……トシだな……でも楽しかったヨ、頭を使うという事は」


「そうね……ちょっと弱めのお酒を飲む事にするわ。頭を使うという事は須く子供でも大人でもするべき事なのよ。でも大人は何かと屁理屈こねて頭を使う事を拒否する……

それこそがばかなのよってね!……ノゾミ、アナタのお陰で私は自分を取り戻せたの。これからも……ノゾミ?」



「……にゃはは……もう酔っ払っちまったみたいだ、情けねえ。チミはサ、下手に格好付けないで、時折みせる少女らしい口調の方が絶対にかわいいヨ」

「そう……そっか。もう演技する必要もないしね……。私も年相応に生きようと思っていた所なのって……もうクセになってるみたい。ふう……。でもさノゾミ、どうして、私にΑは寄生しなかったの? 私への被害は存在が消えた位にしか聞いてないけど」


「ああ……ソコはネ、どしてもハジメが可哀想だったから、あん時いえなかったんだ。チミも聞いてない様だから本当に傷なんだろう、実はハジメには妹が居たんだ。名前はツトメというその名前が旧世界では男の名前みたいだったらしいが苛められていたのはそれだけじゃない、絶世の美女だったから特に同性から酷いイジメを喰らい異性からはヤらしい目で見られ、それでも帰ったら両親に良い顔する本当に良く出来た妹だった。 


 だが兄であるハジメの前では弱音を吐いて泣くもんだから、ハジメもハジメでそっと抱き締めてただ、頑張れとしかいえなかった。両親もだ。ツトメに友達は居ず、男とも一緒に歩きたくない、お兄ちゃん一筋の可愛い娘であったが為に独りで居る所を大人が捕まえ拉致監禁。大人は捕まるもツトメちゃんはボロボロになりながら帰ってくれば、両親は大丈夫、まだまだ、頑張れの三点セット。その三つの言葉はツトメにとって一番心を抉る様な、余りに無責任で嫌いなものだった。状況が状況のボロボロのツトメは、初めて両親に弱音を吐いても泣いても三点セットの一点張りなもんだから暴れて包丁を取り出せば警察を呼ぶ始末、錯乱したツトメはハジメと同じ方法で自殺した」


「……私を中心に見て来たのに、詳しいね……」


「ウン、何故ならヒカルコと間違えたからネ。実際、どっちも似てるじゃん。アチキはネコだから親の大事さなんてひとつも気にしなかったが、どちらも親を信用し過ぎサ。手前のケツは手前で拭くってのもネコだからかネ、親にケツ拭かれんのはヤだろうに」


「ふう……。で、その後にはじめ君がそんな親を殺したの?」


「計画を練ってから、ネ。だから、そんな似てるヒカルコに気を許した。そして、Αの

元々はヒカルコだ、そのヒカルコは考え過ぎの石頭……休まらないし、操作も難しい、ハジメだって少女は美しく在るべきだとかいってる位だから少女に対して良心は働く筈と……眠たい頭で考えて出た憶測はココら辺にして、ヒカルコ。ツトメという古傷に、わざわざ触れる必要は無いと思うヨ……」


「そうだね、禁句……うん……もう眠いね……」

「ウン……眠いネ……ハジメを枕にして寝ようか……」

「はははっ! 良いね!……流石にお互い、疲れたね」

「うん…………」



 私たちははじめ君のお腹を枕に、ノゾミは震えていたので毛布を掛けて目を瞑った。

外で寝るのは初めてだけど、新感覚を普通だと思っていかないとこの先やっていけないという事、そして誰にでも過去がある事を肝に銘じて、毎日きてくれたママの事を思い出した。オワリ家の親とは違ってママはそういった根性論や精神論ではなかった……。

並行世界論……無限に居るママの一人を犠牲にしただけ、私と同じく無限に居るさと、言葉の上では何とでも言えるけれど、死んだ魂の居場所は果たして優しい所なのかとか酔った所為か感情移入してしまい涙が頬を伝う……私は犠牲を無駄にしない。ママの分ツトメちゃんの分、一杯たのしみ且つ知的探究心を忘れずに活きて生きてやる事こそが供養になるのかなと思う自分は幸せ者かな……瞼の裏の星々は相変わらず輝いていた。





「ア! ああ、いつの間に……くわーっ。おはよう、はじめ君!」

「おはよー。僕もいつの間にか寝てたみたい、缶コーヒーあるよ」

「お、良いね! タバコ吸いながらコーヒー飲むって大人っぽい……。ふう……」

 意外と私は順応性がある様で、新世界での新生活が始まったというのに、しかも外でテントも張らずに裸で熟睡して、呑気なものだ。お酒とタバコのお陰か、昨日は人生で一番ながい一日だった疲れたからか居心地が良く邪魔が無いからか、全部のお陰様だ。


 はじめ君は私より早く起きて、起きたのだろう、身体中がベトベトする。臭いは無いけどそれ位は判る。初日で精根尽き果てていたらどうするのだと当り前にタバコに火を点け胸一杯に吸って吐き、昨日は忘れたくても忘れられない初めの一歩に過ぎないのだと自分にも戒めて、これから、何から手を付ければ良いか、山ほどある事が楽しみだ。

「……あれ、ノゾミはどこに行ったの?」


「ノゾミ?……ああ、あの黒猫ちゃん? 起きた時には居なかったけど、散歩?」

「そっか……でも、それって……まずいよ! そんな、ここがドコだかも判らないし、 どうしよう、はじめ君!」


「え……とりあえず、思ってみれば?」


 ノゾミ思う、故にノゾミ在り……と出て来たのは紙ペラ。そこには下手くそな血色の字で、それは二人で作るものだ。と書いてあった。そうだよね、私たちが居れば……。



「手前のケツは手前で拭く……か……」

「僕が拭いてあげるよ」

「……私もね。ふう……」



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「はじめ君、これからどうしたい?」

「うーん。ココはドコで僕は何でココに居るの?」

「あー……そっからか……。まあ歩きながら話そうよ、はじめ君はね――」

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