第49話「知的探究心のない者はばかだった」

 この鮮血とはとてもいえない赤黒い血は、私の見たかった、ずっと待ち焦がれていたイヴに成る為の絶対条件だった。私はさっき無意識に目を瞑って開けてしまったけど、ノゾミという世界の平衡信号が居て呑気に前足を隠してぬくぬくと日向ぼっこしているその姿は瞼を閉じる前と同じ状態であるから、よって、変わったものとは私のパパが、私のトラウマが解消された、はじめ君は在るべき姿に戻ったという異変だけであった。


 私の異変はナゼ急に?……それも都合が良過ぎてフィクション感覚が増してくるが、ノゾミにも異変が生じていれば今までの苦労が水の泡と化す。……私に勇気を……と、私も都合良く太陽に手を捏ね合わせてお辞儀をする様を見兼ねたのか死神は立ち上がり

「ウン、良く頑張っよヒカルコ!」と表情は変わらないが声色を優しくしていうから、

「……それはどういった意味で?」と何か企みを感じてキッと語調に力を含め訊いた。


「まあまあ、肩の力はもう抜いて良いんだヨ。巧くいったじゃないか、残骸ではあるが頭の固いΒを納得させ、抱き合いながら別れの言葉に加えキスまでしてスッキリさせた

事実は、Γ世界の創造主たるもの立派サ。ソコまで賢いと正直まだ思えていない段階で

ヒカルコは父親のトラウマの克服、Α´の存在もぽぽんと解決。すごいじゃないの」


「という事は……私はΒをΑの居るΔ世界へ、そしてΔ世界に居た筈のはじめ君をこの

Γ世界へ、どちらも身体ごと、つまり両者の全くを在るべき場所に交換する事が出来、

私も……ノゾミはさっき居たハゲ親父の姿を記憶しているから……ええと……」

「大丈夫だヨ~。あんな煌々と光る頭とバカ面はそう直ぐに忘れられんて」


「じゃあ!……ノゾミの身体も記憶も何もかも、この世界も変わらずに、変わったのは私の身体と、はじめ君の身体と脳髄の三つだけよね!?」

「何をそんなに不安がっているんだか。そんなの見りゃ判るだろ、これが現実だヨ」



 何故か、齟齬の確認をして総て確かだと判るとよりフィクション感覚が強まる。総て巧くいき過ぎているが故の完全さ簡単さによって自分自身に不確かさを抱いてしまう。



「はじめ君、さっきキスするごとに世界は変わるっていっていたけれど……それは私がいっていた様に捉えていたから、このΓ世界に来ても驚かないの……?」

「光ひかりがそういっていたじゃない。でも僕はワザとの舌を絡めたら世界は同じく変わると共に光も変わったよね。痛かったでしょ、そんなことしなくても良いのに」

「いや、私は光子で何も付いなくて……。はじめ君はやっぱりロリコンなのね?」


「ロリコンって言葉はヤだな。僕は美しく奇麗で、ちゃんと女性らしさを失敗しながら追求してゆくその姿勢が可愛く、愛らしく思える。その見方は異常かな?」


「……でもさっきの私は、ヒカリはその……生えていたんでしょ」


「うん。それでも僕は差別なんて事はしないよっていったのにさあ、僕は女性らしさを追い求めていれば男だって女だって、さほど変わらないものだって」



「……ふふっ、懐かしいはじめ君の声、思考……安心した」

 私はもうイヴ、はじめ君はアダムなのだから恥ずかしがる事はないと血の出どころをしっかり見せ付け、はじめ君の思考の正直さ、知っている事と知っていない事の極端さそして幾ら異様でおぞましいものでも無垢な少年の様に知ろうとする姿勢が私と目線を合わせてくれているみたいで、だから私は好きになったのかもしれない。そんな人でも

Γ世界は許されるのだという事も明確にすると次第にフィクション感覚も薄れてゆく。



 そして私が作ったΑ´の存在も、この純粋なはじめ君と久しく話した感覚で理解した。

ケンカをする度にはじめ君は現実逃避すると思い込んでいたのは、ふとしたキッカケか

私のヒステリーな口調が強すぎてか、このΓ世界に飛んでいるΑ´がはじめ君のアタマに

止まって羽を休めていて、休まらなくなればもっと安全な所で休みたい筈。それを私は単なる現実逃避、なりすまし行為等と誤解していた。ノゾミの例え並行世界論でも私と

はじめ君のあの鬱屈するΑ世界での未来話を聴き覚えた今、本当に人格が変わっていた

のは私だったということが解って、素直に反省の意を込めて一人と一匹に頭を下げた。


「楽になったようで。じゃあ、休憩していた続きをやってくれるネ?」

「あ……そういえば休憩中だったわね。良いわよ、まだ必要なら」

「何度もいっているがネ、ココに居るのは何故かって、あの病院の中ぬいぐるみの中に仕込まれたストップウォッチで思い込み爆発をして、ハジメとヒカルコは繋がりながら死に、アチキが魂を閉じ込めて、ハジメに恐怖しヒカルコはアチキを連れて逃避した。

その逃避先とはココであり、Βの残骸のお陰様で並行世界と時間的な所が判明して、今

こうして二人は世界の壁を越えて再び出会えたという事。こりゃおかしいよネって話。


 ヒカルコの身体をこの世界のみたいに妄想して創造したとしても思い込む脳髄は死に

更にはこうやって身体の進化成長まで確認できたサ。このΓ世界は極限状態の妄想で、

過去に来た事が有るからって事もオカシイが、ちゃあんと思考する脳髄がそのアタマに入っているからアチキとケンカしたり、見えているものの齟齬が生じたり、馬鹿な頭で考えるからワケが判らなくなると解る事が出来、Βの残骸もいっていたがキミは本当に

ずっとヒカルコだったか?……という根本も根本の疑問を説いて欲しいんだヨ。チミは何となくこの質問から逸らそう逸らそうとしているのは、感じているからネ」



 そうだ、今この状況で一番の謎は私自身なのだ。記憶を辿ればこのΓ世界はΑ世界の

あの病棟の中ではじめ君が急に居なくなって殺されたまたは消されたんだと思い込み、姿や性格など私が憶えている限りのはじめ君像を妄想したのが始まりである事は確か。


 ここまでなら、当人から教えて貰ったタルパの作り方の真似、思い込み人間だという簡単な説明で解決が出来る。そこから次に、その思い込み人間はじめ君の隣に居たいとソコに自身を投影し、そこから投影図法の如く無意識的な背景が、瞼を強く閉じた時に見える無数の星の様なものから枝分かれするみたく見知った病棟の白い壁から始まって天国みたいなお花畑に成れば花に似会いの煌々と照る太陽がないと……と地獄みたいな窓から見える不釣り合いな街並みや青々とした草木がないと……と段々と現実的要素が極限状態の無意識から生まれた。ここまででもまだ、激しい思い込みだと容易な解決が出来る。……だが現実はノゾミのいう通り思考する脳髄が在るから出来る事で私は一度脳髄も腸も爆裂したと思い込み、はじめ君とのセックスで気を失いながらも死んだからココに居て、思い込みが気を失っても死んでも尚も止まなかったという証拠がノゾミと

この私が作ったΓ世界であるのだ。……我思う故に我在りという言葉では通用しない。


「自分とは何故ここに居るかなんて、我思う故に我在りという言葉でしか表わせない。言葉以外では、人間とは五感と思考だけでしか世界を理解できないもので、世界なんて多種多様な色んな人間の脳髄が交わり伝え合ったから出来たものだから、自分の存在の証明だって同じものなのに、ヒカルコちゃんは何をそんなに難しく考えているの?」



「私だってそういいたい、我思う故に我在り……そりゃそうよ……。私もハッキリそういいたいし、ハッキリさせたい。私自身を何故、証明できないのかを……。ずっと私はこの世界に来てから都合の良さを感じてきた、私が私を操作できていない感覚も有る。

このΓ世界は大層なものではなかった筈なのに、まるで私の力みたいに世界と私自身の

凄みというか、有り得無さを感じているけれど、頬を抓っても痛い……。ねえノゾミ、アナタはΔ世界の作り方を、Γ世界を模倣したといっていた事も、私は憶えているの。

この世界は本当に私のΓ世界? もしかしたらΔ世界が続いていて――」


「にゃはは、そうきたか~い。……ウン、確かにアチキはそういったヨ。だがネ、幾らアチキが死んでいても神であっても真似たにせよ、アチキが造ったΔ世界はそりゃ気が

遠くなる程、相当な年月を重ねてやっとの事だったというのは物的証拠も見せただろ、

ネコ語で書いたから偽物か本物かキミには解らんだろうけどネ、アチキは嘘は好かん。ああやって柄にもなく馬鹿正直に具体的な説明をしたのはあの二百冊のメモのお陰で、まだ面識のなかったヒカルコにも見せびらかしたというのはΑを緊張させる為もあった

が、ネコである自分の腹を見せて平等にしたかった為というのも勿論サ。ネコが知らんヤツに腹を見せるという行為はネコ界からしたら自殺行為も同じで、アチキは警戒心を携えながら腹を見せたサ。でもこりゃ……人間からしたら胡散臭いかナ?」


「いえ、アナタは確かにΔ世界で……うん、私たちに苦労した証拠を見せて、それまで

混乱してうるさくしていた私たちが黙った時、二百冊目以外の全部をすっかり消して、

突然Αの模写がΓ世界に居るだの私がそれを作っただのいっていた事も憶えているし、ぜんぜん胡散臭くは思ってないけど……世界を作るのは簡単じゃないと?」


「簡単なワケあるかい! 思い込みだとしてもネ、人間的思考と猫的思考とは全く別といっていいほど違うというのは言わずもがなネコが造ったΔ世界にこんな立派な建物の

連なりは在ったかと、この色めくタイヨウとやらと比較すれば一目瞭然だろうに」



「ああ……そうよね……。でも、どうして私のトラウマを知っていたの?」


「まあその辺は明確にしておかなかったアチキが悪いか……。アチキが知っているのは

Α世界でのヒカリ、ヒカルコ、ハジメ、Α、それらは二度目の帰還に成功したΒから……

まず名前ではなく存在を、俺に関係している人たちが何だという思い出話を聴いたのがアチキの捜査の始まりだったんだ。例外としてヒカルコは一度目に帰還した時点でΒは

名前は判らずとも狂人学を教えて貰った事への印象が強かったからアチキはヒカルコを

まず捜した、だからヒカルコの過去は総て見てきたヨ。そこからヒカルコ周辺の人物、母ヒカルそしてハジメは、飽くまでヒカルコ的に重要そうな部分しかアチキは記憶して

いないが、記録はちゃんとメモとしてΔ世界に残してある。確かに寄り道もしたけど、

Γ世界の存在はヒカルコがハジメに強姦されて傷を負ったにも関わらず自慰をする様に

成って、飲まず食わずになるほど無我夢中になっていた姿から、そこに人間の想像力は莫大なものだと知りΑ、Βときて『Γ世界』とアチキが勝手に名付けた。混乱しているの

なら素直に謝るヨ、区別する為の様なもんだから大袈裟に捉えないで欲しい」



「ああ、そういう事もいっていたわね……じゃあ私の殆どはもう丸裸だ……という体で考えても底なし沼の様に、自分がどんどん解らなくなってゆく自分……」

「誰も急かしてないし、ハジメのいう通りで難しく考え過ぎサ。シンプルイズベストは最良だ、『我思う故に我在り』からのプラスアルファを考えるのは賛成だネ」



 誰も急かしていない……確かにそう、沈みかかる太陽を除いて……深く腹式深呼吸し目を擦ったり頭を掻いたりして興奮を抑えようとしても、デカルトの言葉を聴いて私は一切を疑うべしという浅い見聞の所為でそう続けてしまう。我思う故に我在り、という言葉は人間の意識がと……意識?……私は無意識にこの世界を作り、逃避先も無意識にこの世界だった。という事は逆に浮かんでこない意識的なものを探し出す事が良い筈。


「はじめ君、ちょっと良い?」

「え、なにがっ!?……まだ何もいっていないよ……」

「こうすると痛くないけれど、気分が悪くなるわよね?」


 記憶に強いタマを蹴る感触。この世界に痛覚は存在しない。ビルの屋上から落下してコンクリートを頭から着地しても、壊れたのは頭ではなくコンクリートだった事をΒと作った二つの穴を思い出した。あの頃は初めて外に出て私は興奮と恐れから、無意識に実験をしていた。慣れた病院の中と初めての外とは何かが違ってくるのかもしれないと豹変したはじめ君の恐れも同時に失くそうという理由があり丁度良かったからだった。


 思い出せばあの頃は無知で幼稚で興奮していたなと懐かしむのはこれくらいにして、もう恥ずかしがる事もないのだ。あの時の私みたいに初心に帰って知的探究心丸出しに自分の世界を自分が知ろうとするのが普通なんだ。例えば今の私は自らフィクション、現実味がないなと思っているからまず、ここは現実ではないという事を明確にしようと

する事から始まるもの……恐れは知的探究心に一番ジャマなもの……賭けに出るのだ!



「皆ここに居て! 私ちょっと屋上から落ちてくるから!」


 二人の声が耳に入って来ないという事は……私は段々とあの頃みたいに楽しくなって探る事への邪魔をさせない様に私の思考が切り替わったというのが解る。やっぱり私は口よりも動く方が好きなのだ。ついさっきまで政治家みたいに発言を濁す事、私だけが

解らないという事にストレスを感じていた。そのストレスをヒステリックに変換せよ!


 楽しくなると気持ちも良くなる、階段を一段飛ばしをして顔からコケながら私の硬くなった表情筋が和らいでゆく事に気付き心も和らいでゆく、長い階段にひとつひとつのイラつきを携えながらもっと昇ってゆきたいと思う余裕が生まれてきて、屋上のドアをつき破れば、あの頃と同じくなんの恐れもなく走って柵の上から大の字で鳥が勢い付け羽ばたく様に落ちる。前と同じく硬いアスファルトを石頭でぶち破って穴を作って水の通っていない下水道を笑いながら梯子までスキップしてマンホールから出ると、二人が本当にちっぽけに見えて、こんな二人と喋るなんて下らんと思う程はじめ君とノゾミは目をぱちくり口をあんぐりして私を見ている。今の私なら異常者扱いされても良いさ、どう思われたって構わないさと一層、気分が高揚してゆく私の身体は叫んでいるのだ。 



 邪魔な服を脱いで二回目の飛び込みを始める私は何をそんなに恐れていたんだろう?

私は狂人、天下の狂人様だぞと言わんばかりに、考えなくても身体が勝手に欲しがる。裸になって空中を泳ぐ姿をお前らは見ていられるか? もう私はなんにも考えていずにただ自分のやりたい事を自分にやらせている、本能のままに活きている! 飽きるまで繰り返し繰り返し自慰よりも何よりもスッキリした私を二人に見せ付けこういうのだ。



「嗚呼! 美しき哉、人間! 美しき哉、狂人! これが本当の私! どうだ!」

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