在るべき場所へ、為すべき事を、新世界で、真世界へ / ?

第47話「私が犯人です。ですが、私は一体?」

 私は張り付いた瞼を開けると、何の音もしない病院のデイルームの窓からポカポカの太陽の陽気の中、パイプ椅子ベッドに横になりうとうと眠って気味の悪く長ったらしい夢を見ていた様はまるで夢オチ……私の大嫌いな都合の良すぎる終末……当然そんなの絶対に許すワケにはいかない。身を起こせば本当にコトの始まりの様に感じるが……。


「幾ら気ままなネコだからって、神だからって、私はひとっつも納得していないわよ。ノゾミ、尻尾が見えているわ、ばかね。並行世界論なんて途方も無く、意味の無い話を持ち出した責任を取りなさいよ。私が納得するまで、総てが解決するまで」


「一言でいってやる。Γ、全部テメエの所為だ!」

「逆さまになって良くもそんな悪態つけるわね! 私が何をしたっていうのよ!」


「ぜ~んぶ他人の所為にしやがって。自分から都合良く神々に擦り寄って、自分が巧くいかないから神の所為……ふざけんのも好い加減にしとけよナ」


「神は神でも所詮はネコ、人間というものが解っていないようね。人間とは都合の良い生き物、その中には都合の良い事を嫌うモノも居て、好くモノも居る。都合良く誰かの所為にしないとやっていけない状況、心理、脳髄の出来の総てを踏まえてから神の行いと称しなさいよと私は常に想って生きてきた。調べれば調べるほど神なんて愚行を繰り返して其の事柄の記述を美化して、神話とか良く呼ばれている幸せ者よ。だから私は、はじめ君みたいに理不尽に悪者あつかいされて神に殺される悪魔の方の肩を持つの」


「じゃあナゼ逃避して、ハジメから離れた」

「……アナタと腹を割って話したいからよ」


 ノゾミの硬い尻尾を離し、私は出来るだけ煮え滾る怒りを深呼吸して努めて落ち着け怒らないケンカしない馬鹿をしない事を互いに約束し、ノゾミをパイプ椅子に乗せて、私も深く座って姿勢を正す。誰も居ないしこんなに広いけれど、向き合って話したい。



「まずは状況の整理をさせて。私はさっき、ノゾミがはじめ君の正体を現させる為に、

Αというものをパンクさせる為にいっていた事は、魂だかプログラムだか知らない上に

身に覚えは無いけれど、一言一句しっかり聴いていたから記憶しているわよ。その前のはじめ君とのセックスの苦痛、喜悦、快楽、憤怒、過去、未来等、嫌なモノから好きなモノから隅々まで、全部を持ち合わせて今、ノゾミを連れてこの第二世界に来たわ」


「ややこやしいから『Γ世界』と定義して欲しいネ」


「違うの……ここはΑとかΒとかΓとか関係ない、並行世界でもない、第二の世界なの。

私は、はじめ君のあの魂をも震わす程の笑い声を聴いている内、やっと思い出せたの。〇が有るから一が有り、決め付けから定義は生まれ、定義は言葉によって変化してゆくそれを認知するのはヒトで、人間はノゾミのいう通り考えられる事だけが唯一の武器で世界とは人間が居なければ、世界なんてものは無く、神も人間が創造したわ。何故ならこの二つの定義は人間が人間として保つ為の杖として必要最低限のものだからであり、この二つを軸に人間は欲深く便利な自然をアレもコレも定義して、人工的に合成しては定義し、その重なりで文明が出来て、それが巧くいったからと子孫が良しとマネをして新定義を繰り返し……人間は、いや……健常者は便利に成ったと勘違いをして定義から外れるものはいつの間にか新定義されず馬鹿みたいに、自分らとは違うから。といって健常者は考える事を放棄した。例えば、ずっと天動説を集団で定義して信じていた中、コペルニクスという人は地動説という真逆の定義を提唱したらば即刻、狂人と見做され殺されるのではと死ぬまで考えて入念に推敲や加筆するストレスで脳卒中の苦しみ中でさえ完璧にし、死と同時に唯一の弟子レティクスに仕上がった理論を届け提唱させた。


 おかしいと思わない? 天動説を声のでかい人が決め付けていなければ直ぐに判る事だったのに、声が聴こえる方に皆は雷同し集団になり押し付け圧迫し、これが正解だ!と脅迫するから簡単に異論を唱えられないし許されない事実。健常者は声の大きい者に金魚のフンの様に着いて行き、そうでないと自分が自分で無くなると恐れ右倣え思考になったのは昔も昔、大昔の話なのよ。ノゾミも見たでしょう? 時代と共に説を真逆に覆されたから考えを改めるどころか酷くなってゆく一方で、今やもう開き直って、同じ過ちをする事こそが美徳になってしまっているという現状!」


「ちょいちょい! 溜まっているのかもしれんがキミ、説明下手だネ!」

「……私は狂人である事を自覚しているわ。だから私からしたら健常者の方がよっぽど狂っているという事なのよ。それも声がでかいし仲間が多いからなおさらで――」


「あのネ……アチキはこの世界をどうやって創造したかを口酸っぱく訊いていたつもりだったんだよネ? この第二の世界とやらの話をしっかり責任もって――」


「アナタは人間というものがひとつも解ってないじゃない!……あ、ごめんなさい……

感情的になっていたみたいね。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む……と、アインシュタインという昔の狂人の言葉よ、私はこれで育ったといっても過言じゃないくらい素晴らしい言葉よね。アナタは私の過去を知っているんでしょ? 教科書よりもフィクション小説の方を私はとった。簡単な事よ、世界とは認められた狂人の一言で、健常者たちの作って来た定義の総てを掌かえすが如く瞬時にコロッと一変できるの」


「あ~。それはアチキがもう死んでいてキミは幽霊とお喋りしているという事実くらい飛躍しているネ。ゴメンよ、過程の話を続けておくれ」

「えっ……アナタ、死んでいるの?」


「いや良いんだ後で。アチキの質問に応えておくれよ」

「私はやっと、アナタという狂ったネコ……アタマの大きさも関係無しに私の思考を、理解してくれると思ったのはさっきのΔ世界での事。なのに、みんな死にゆく……」

「にゃはは! 面白い事をいう、チミもタルパ爆弾で死んどるのに」


「あっ……ああ、そうだ……そうだった……」

「本当に感情的なヤツだナ、Βのいう通りだった。質問を細かく刻んで訊いてゆく方が

良いにゃこりゃあ。まずアチキはΒ世界の姿ではなく故郷のΑ世界の姿、ちゃんと老猫の

身体をしていて、チミはやせ細った姿ではなくしゃんと少女らしい身体をして真っ黒のドレスを着ているソレ。どうやって『身体』を造ったんだい?」


「それは……アナタがそう思い込み、決め付けているからよ。でもね、私にはアナタが産まれたての可愛い子猫の様に、私は真っ白なワンピースを着ている様に見えている。

……といったらネコであり神であるノゾミはどう解釈するかしら?」

「アチキの愛らしい子猫姿はΒが美化改変した姿だ。だがチミはΑ世界もΒ世界も……

アチキさえも見た事は無いだろう。さっきのΔ世界でのアチキはどう見えていた?」


「普通の黒ネコだったと曖昧に答えてみるわ。次に私の姿の違いはどう解釈する?」

「それは状況によって変わるよネ、今の状況だとアチキを煙に巻いて逃げようとワザと質問を質問で返している様だナ。そう直感的に思ったのは只、情報不足とだけ」



「うんうん……冷静かつ意欲的に考えられているという事が判ったからそれで良いわ。最初に覚えておいて欲しい事は、狂人は健常者とはほぼ真逆の視線で世界を見ていて、意欲的な狂人の発見はそこから生まれ、提唱するにはまず狂人と健常者とは世界共通の言語で喋ったとしても、狂人だと決め付けられたら共通言語では聴こえなくなるから、声のでかい健常者に伝わる様にさっき例に出したコペルニクスのように推敲を重ね重ねどの観点から見ても完璧なモノしなければ伝わらないどころか聴いちゃくれない。一方アインシュタインは数式という世界共通言語よりも単純で決定的な文数字を見せたから健常者はすんなりと判ってくれて狂人から忽ち天才と評された……確かに運も必要で、

コペルニクスは天文学だし規模も時代も違うのも今は置いといて……この違いは判る?


 コペルニクスの場合……人々を惑わす大嘘吐き、デタラメだ、まったくけしからん!と一蹴され聞く耳持たれず死ぬまで推敲し弟子に渡してからやっとじわじわ認知され、アインシュタインの場合……そのあらわした数式を見ると罵倒の言葉もぐうの音も出ず直ぐに認知され賞という形まで貰い、更には天才の代名詞とされた。私のいいたい事はコペルニクスの様な努力型がΑ、アインシュタインの様な才能型がΒという、あまり良い

例えじゃないけれど、この認識で良いかしら?……と状況整理をしたかったの」



「コペルニクスとかアインシュタインとか人物は全く判らないけれどネ、言葉の上では

努力型がΑ、才能型がΒで良いと思う……がしかしネ、認識の齟齬が生まれては元も子も

無いから確認するヨ。アチキは今現在、チミが黒いドレスを着ている風に見えている。それは何故? ということを質問しているという事は判るかい?」


「アナタはΒ、プログラム、数式の世界に慣れている一方で、私はΑ、絵や文字の世界に

慣れている。この認識や習慣の違いによって、さっきいった狂人と健常者と同じ様な事が起きてしまっている、ただそれだけよ。じゃあ……私が座っているものは?」


「えらく良い御身分な、ふかふか椅子に座っておりますわナ」


「ああ、本当にそういう事だったのか……。最初からこう訊いておけば良かったのね、私もアナタも同じ鉄パイプの、硬く安い椅子に座っているの。こうやって認識のズレで世界は変わってゆくのも確か、目に見えるもの耳で聴こえるもの触って判るもの……と人間は五感でしか世界を構成できない、逆にいえば世界を作るという事は五感が整っていなくとも揃ってさえいればカンタンに出来るという話よ。だってノゾミの居たΒ世界は

プログラム言語しかないのに、あたかもΑ世界にあった同じ物質が在ったように話をして

居たじゃない? だからノゾミの眼にはその良い御身分の椅子さえも文字の塊に見えて、脳髄がΑ世界の記憶のものに変換処理されているからこの第二の世界を理解し難いんだと

……と……思うなあ……」


「ほほ~う! なるほどネ、やっと話が見えてきたヨ!」

「でしょでしょ!……そうね。アナタがいった通り犯人は私だわ。はじめ君にも、Αにも

Βにも、こういった認識の誤差の所為で狂いが生じてしまい、アナタのいっていた悲劇を

起こす発端になってしまった……うん。私もやっと判ってきたわ」



 ふう……とやっと溜め息を吐けば、私は前のめりになって足を振りながら話していた事に気付き恥ずかしくなって、コホンと咳をし、改めて背筋を伸ばし地に足を付ける。


「次の質問、まだ終わってないヨ~。これではまだ机上の空論の域を出ないからネ~。もう妄想をする脳髄は死んでチミは魂しか無くなった筈なのに、どうやってこの世界を一瞬で構築または再生したか? ちなみにアチキはΒからこの世界には凄く高い建物や

砂漠があり、欲の殆どが無くなってタバコや酒の事など忘れる程まで人間らしさが消えただ有ったものとは、キミと会話をして喜怒哀楽しながら狂人学というものだった、という事は事前に聞いている。後ネ、先にいっておくけど、チミは難しく考え過ぎだから安易な例え話は無しネ、ややこしくなるだけだから。老婆にも伝わる様お願い申す」


「狂人学?……Βというのは、あの上から目線のはじめ君よね。私はそんな事をいった

記憶は無いけれど、Βは最初あの太陽を指差して神が怒っているって何度もいうから、

私は太陽と月の説明に困った記憶があるわ。Βはその説明に納得したら私も納得したの

……はじめ君はライト、私のママの愛称に敬称を付け出してその上、神である。というから、当時の私はΑやΒを知らなかったのも相まって、はじめ君はソレほど私ではなくて

ママの方を愛していたんだなと、酷く嫉妬した憶えはあるけれど……狂人学なんてのは身に覚えはないわ。逆に教えて欲しいわよ、私からしたらΒから狂人学を教えて貰った

憶えしか無いわ。この世界の秘密を教える対価として教えてよ」


「タダのΒの造語なんだけど非常に興味深いモンだヨ。Βが一番に興味を持ったとこは、

シュレーディンガーの猫というアヌが作った御伽噺を何故かヒカルコが既に知っていてその上コゲパン解釈と多世界解釈の二つを逆に教えてくれて、それが余りにも完膚無く怒濤の様でつつがないチミの喋りを見て『狂人学』と命名したんだ」



「確かに……シュレーディンガーの猫の多世界理論ではじめ君、いや、Βに救いの手を

差し伸べてやろうとした記憶は有る……けれど、Βも知っている様だったから何気なく

そこから派生させた自論まで展開させたりして話のタネにしていたけれど、狂人学って学問が有れば狂人も救われるわね……。でもそれじゃあ、Β世界でシュレーディンガー

の猫を初めて説いた人はアヌって人ならアヌの猫になる筈……私の産まれた世界では、かなり使い古されていて誰でも知っている説だったけれど……」


「ほら、対価を与えたよ。狂人学の事は良いからサ、続けておくれヨ」


「うーん……いや、これも簡単な話なのよ。この世界は私の思う天国としてはじめ君と一緒に持ちつ持たれつ二人ぼっち世界を妄想していたというだけで、私はフィクション小説も好きだったけれどテレビゲームも好きだったの。フィクションの効いたゲームは沢山あるわよ……架空の人間を殺して強くなるゲーム、自分で色の付いた箱を配置して世界を作るゲーム、ゲーム自体を作るゲーム……いい出したらキリが無い位あるけれど新しく成れば成るほどゲームに現実味が濃くなってきて、今やほぼ現実との境の区別を付けるのさえ難しいものが殆どで、私はその方法を応用した。いってしまえば現実的な

Α世界とプログラムで出来たΒ世界を合わせた……アナタのいう通りΓ世界になると……

けど……なにコレ……。既にノゾミは全部、私以上に私を知っているの?」



「いや知らんヨ、ただチミが自分でいって自分で驚いているだけ。だってテレビゲームというのがアチキには判らん初耳だし。ま~それにしてもネ~アチキが訊きたいのは、理論は判ったサ。だが、どうしてこう、なんつーんだ、Α世界もΒ世界も知らなかった

またはそれ等が出来る前にΓ世界を造ったかもしれん、矛盾してないかっつー事で……

ヒカルコ、お前さんは一体、何者だ? やっぱり何か隠しているよネ?」


「だって!……私はタダの人間よ。無意識の意識という言葉はあるけれどさ……」

「辛そうだネ、身も心もみるみる汗が出てきて、手の震えも増してきているようだが、それは自分のやってきた事が解って恐ろしくなっている緊張の表れか?」


「違う、違うの……逆に解ってくれた方が恐くないわ。解らない事が恐いの……実際に表れている謎が……。ノゾミ……アナタが居たΑ世界に太陽はあった?」

「この眩しくて熱い光の事かい? さっきから鬱陶しくてもう……」

「太陽光線に当たると、身体は当然で思考をするアタマにも魂にも良いらしいわ……。とにかく外の空気を吸いにいきましょうよ、気持ちの良い暖かな外の空気をノゾミにも

……ここまできたらそういったゲン担ぎも必要になってくるでしょ?」


「まあ休憩しよか。ずっと話しっ放しだったし、アチキもそれには興味があるヨ。でもアチキはどうしても自分が老体だと思い込んで離れなくてネ、多分その華奢な腕でも、持ち上げられる軽さだからサ……尻尾を持つんじゃないヨ!」



 ノゾミのかなり軽い身体を胸に抱きながら懐かしい真っ暗な階段を降りて私が割った窓ガラスから外に出る。と……やっぱりそうだ……瞼を開けてからずうっと感じていた横からの妙な引力が強まった……太陽光線を浴び、胸一杯に暖かな空気を深く吸うと、私も太陽から離れていた事に身をもって感じながら頭を空っぽにする。だって、本当にわからないから。狂人である事は自覚している、家柄や学歴等も狂ってはいたが私は、確かにタダの狂人でありフィクションの世界の素敵な力など携えているワケない……。



 この世界は思い込みの想像とほぼ同じ世界で、はじめ君と一緒に世界に色々な理由や歴史を当て付けいたけど、それは妄想の追加でしかなく、誰でもしている筈の何気ない他愛ないごっこ遊びの様なもので……思い込みが激しいのも確かだけど……第三者から

「この世界はどう作った、お前は何者だ」と尋問されて、タダの妄想が、いつの間にか莫大な影響を与えてしまった事を事細かに知らされて、それを何故? と訊かれたって当人である私が何故? と訊き返したい位アタマを何らかの機械で読み取って欲しい程自分が解らず答えが見つからず、ただただ困っている。だってタダの妄想だから……。


「ノゾミ、どう? 気持ちが良いでしょ」と訊き、相手が「意外にはたまたどうして、気持ちが良いネ~」と普通に答えてくれる。でも今の私にそれが出来ない事も、謎だ。

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