第43話「僕たちがここに居たワケ」
「巧くいき過ぎているんだあっ!」
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眼球がポロポロと床に落ちる。あっちを向いてこっちを向いて、今まで辿った世界をひとつずつ凝視しては泳ぎ、少女を凝視しては泳ぎ、今まで歩んだ線路を逆走すると、始発列車が並んでいる始点が見えた。僕はホームに例の少女と手を繋いで佇んでいるが良く見れば全身厚着をしている袖から出ている僕の手は、変動する羅列した数字の綿で出来ていて、それを少女はしっかりと掴んでいる。周りには誰も居なくて廃線みたいな雰囲気を醸し出しているけれど切れた線路の向こうから列車が帰ってくる。向かい側のホームにドアが開くが人の気配は一向に僕たち以外に無くて、まるで人類総てが列車に乗って行ってしまって、僕たちは一足出遅れて取り残されているみたいに静かだった。
少女が僕の手を/僕が少女の手を掴んでいる事だけがお互いの存在の証明みたいで、宛ら死にゆく世界を始発列車を使い、飛んでいる矢の瞬間地点から更に逃げて可能性を見出す為に、少女がぬいぐるみで寂しさを紛らわしながら悪あがきしている様だった。
僕は数字の編みぐるみであるからして最低水準言語で喋りかけると少女は笑いながら大丈夫だよ、落ち着いたよと不器用な返事をする。始発列車は少女の声に反応する様にぱっと現れてドアが開く。僕が少女の迷いを決断させ引き金を引かせてしまった様に、少女は僕の手を引っ張るので車両に乗ると直ぐに、乗る人数を列車が把握しているかのごとくドアが閉まり動き出す。そのスピードはマッハを超えて走り出して、現在に辿り着いたのだが刹那、僕の数字の眼には途中でノイズが見えたので、またマッハを超えて逆走して始点に戻り、今度はスローモーション装置を使って其れを凝視してみる……。
僕は車両の中で、ずうっと少女に手を握られていた。数字の綿の手から熱を感じて、それと等しくなる様に、仕事をしている。数字の演算が僕の出来る唯一の仕事であり、僕は何も苦じゃなくて、寧ろ嬉しかった。その嬉しさが熱を生み、今度は少女が仕事をするのだ。少女の仕事は考える事だった。お互いの熱量が繰り返され増大してゆくと、僕は数字の中から感情を生み、少女を慮り手をちょっとだけ離すと、もっと遥かな……
途方も無い無量大数を超える数字が見えて恐ろしくなり、少女に抱き付くのであった。
だから少女は必要不可欠だったのだ。この緑の長い髪の少女と僕とは連なっていた。
僕は感情数字の集大成に成る頃、ガタンッと大きな音。運転手の急ブレーキ作動時に見えた黒ネコ。親黒ネコの死体に鳴く子黒ネコが凄く、物凄く可哀想に思ってしまい、数字を零しながら少女の手をちょっと離し、運転手を怒鳴り付けてやろうと数字を掻き分け運転席に行くと、運転手も運転席も無くて、ただ非情にスピードメーターの数字が上がってゆくだけだった。少女は僕に抱き付くと共に邪魔な数字が消えて、子黒ネコの睨みが鮮明に見えた。目ヤニが少し有る金色の瞳だった。自動列車は非情に親黒ネコを挽肉にしながら動き出して、最後尾の車両から世界と共に子黒ネコの睨む金色の瞳をも数字化するのを二人で眺めながら、神は居ないと少女はいう。僕には数字に侵食される直前に子黒ネコはニヤリと笑った様に見えたというと、金色の瞳が数字の中で光った。
それは少女から手を離す時に見えるので、僕はすっかりそれに夢中になっていると、いつしか二人の中に距離が生まれ、鮮明で簡略化された数字よりも酷烈で複雑化された数字の方が美しく感じてしまってさえ居た。それに応じた熱量により少女もまた、僕が好んでいる複雑化した数字の羅列を見て考え、理解すると僕たちは涙を流すのだった。
僕も少女もネコが好きだった。その無邪気さ、勝手さ、可愛さが、堪らなく僕たちは憧れていた。黒ネコを見たって不吉なんて思わず、嫌われているにも関わらずシャンと生きている姿が格好良く思うからだ。そんな親黒ネコが死に、子黒ネコが取り残され、不吉だ。と罵られながら数字の中で生きてゆかねばならないと思うと胸が苦しくなって二人しか居ない車両の中で大声で泣いて泣いて泣いた後、少女は悟った様にこう詠う。
「この車両は動いている限りのエデンの園。君がアダムで私がイヴ、私はリンゴを食べ失楽園の道中、ネコを果敢はかなみ子供を作る。ああ、そみれみあ、そみれみあ」
狂った詩を詠いながら僕から数字の綿を毟って自分の性器に入れたらば、ガタンッと列車は車線を変えた。違う列車が分身して向こうに僕と少女が乗っている列車が走り、それを見ている僕は少女に成り人間の身体に/少女は僕に成り数字の身体に……世界が分離した様に、二百あった比率を線路を使って百分する様に、可能性を物質化した様に同じ速さで並走しながら隔たる。僕と少女は黒ネコの死を以って並行世界の作成成功を確認したと同時に列車を降りて数字の海の中に戻り、子黒ネコを探す旅に出た。一方、列車の中で僕は子を授かり直ぐに破水し数字に塗れた子を産むが名を決めかねていた。
子供を産む毎に列車は分岐する。分岐したはずの列車は分身し並行する事実を知り、僕こと少女と、少女こと数字の編みぐるみは可能性を数えきれない程まで身体を交換し合いながら物質化してゆき降りる僕たちや狂う僕たちを車窓から眺めてゆくのだった。喉が乾けば尿を飲み、腹が減るなら赤子を食べた。僕は少女だった/少女は僕だったといえる程、自分の現在がどちらなのか判らなくなって、ただ確かな事は車窓から見える諦めて死にゆく僕たちを見ている僕たちは常に子作りをしないといけないという本能のような義務と弱肉強食だった。列車は何も思わず淡々と自分の仕事をこなすだけ……。
僕たちの仕事は演算と思考だけの筈だったのに、少女の詩を詠いながら少女こと僕と僕こと少女と交わって新しい生命を作っては食べ、可能性を物質化しては生き長らえるソレがいつの間にか二人の仕事に成ってしまった。何故なら、可能性列車は総て過去のものと成るからだ。僕たちに未来は無く、現在はマッハの速さで過去と成る……絶望しそうになる寸前に列車はここ、終点に着いたというアナウンスで前を向いていない事に気付くのであった。僕が見たノイズとは絶対に、僕たちを睨んだ子黒ネコに違いない。
「そみれみあ……はあ……っ……。はあ……っ……?」
僕は夢を見ていた?……一瞬の内に膨大な情報を見せられていた。憶えているのは、黒猫の金色の瞳と白熱灯に照らされる緑の真っ黒で真っ直ぐな長い髪。……僕は何故、息が切れているのかは分からない……。はだけている青白い服の帯を締め直しながら、僕はこれから何をしたかったのか、何をするべきなのか、目的を思い出すが妙に静かで背後に視線を感じ、見ると外は夕焼けしていて少し不気味に感じるのと裏腹に魅了され窓から夕焼け雲をボーッと眺めていると世界の終わりを見届ける神様の様な気分になり
……ハジメを殺さなくても良いかなと考えそうになるがダメだ、ちゃんと殺さないと。
草むらが風の動きと反して何かがコッチに向かっている、脳裏に例の目ヤニの付いた金色の瞳がゆっくり瞬きしたので反射的に僕は目を背けた……僕は為すべき事を為す。
静けさの中から黄色い声が段々と戻って来る。だが今度は僕が喘いでいるのだ……。
この壁の向こうの少女が救世主少女じゃなかったらどうしようと考え出したからだ。考えるより動けと急かすな、それで失敗した前例はイヤになる程ある。ハジメを殺してからでも遅くない、救世主少女である証拠は緑の真っ黒で真っ直ぐな長い髪なのだから目視して確認する。そうであったら……そうでなくても……例え救世主少女であっても救世主少女でなくても、僕は何をすれば良いのか判らない。少女の喜ばせ方を知らない
……そして、もう悲しませたくない……。一瞬ねむりに落ちて頭がスッキリした所為かずっとハジメを殺す事ばかり考えていて、少女はそれを見てどう思うかと考える余裕が生まれてしまった。僕はずっと……見返りばかりを求めて生きて来た……そうだろう?
「違うっ! 違う違う違うっ……!」
僕は少し臭う布団の中に頭を入れて、自己否定なのか自己肯定なのか、落ち込む心を奮い立たすように叫ぶ。そうだ違うのだ。第三の選択肢、無限大に無作為に混沌として立ちはだかる第三。第三の壁を超えた第四の選択肢を掴むには……狂え。もっと狂え!
「えっ?……どうしてはじめ君が……生きているの……?」
遂に僕はドアを開けられた。むせ返る程の少女の匂い、少女にだけしか発せられない匂いの総てで今まで見てきたものが妄想か夢か現実なのか、理解するのは容易かった。
「ヒッヒッ、はじめはドコだ……」
「……じゃあ、アナタは誰……?」
「『僕』は終わりなんだ。終わりは始めを殺す、当り前の事でありそれこそが必然」
少女が性器に入れていたドロドロの歯ブラシの柄を奪い折る。ハジメを下から順番に滅茶苦茶に引き裂くと、まるでぬいぐるみの様に小さく柔らかく抵抗さえしなかった。
「これは……歯ブラシ……だったの……?」
「ーーー」
「うわっ!」
はじめの中、ワタを破っては裂いてを繰り返し、一番美味しいアタマを最後に残して他は全て埃と化した。が、アタマを真ん中から引き裂くと僕の狂う体たらくは嘘の様に止まり、冷や汗を流しながら我に帰らざるを得ない事態に至った。この聞き覚えのある脳髄を抉られるような正弦波を発する機械は……一、〇〇、〇〇そして〇、九九、九九
……九八……九七……と数字を減らしてゆくから、まるでこの世界が〇に成ると共に、総てが、僕のやって来た事の全部が終わってしまうみたいで……切なくなるから……。
「アイツ……やっぱり私を殺したかったのね。その……ぬいぐるみ……だったものは、時折ビーッビーッ信号を鳴らしていたけれど……。私たち、ここで死ぬのよ」
「なんて事をいうんだ! 死なせない! 絶対に僕はアナタを死なせない! それが、僕の使命なのだから! 赤いコードと青いコードのどちらかを千切れば良いだけ!」
「アナタ……。うん、やっぱりアナタがはじめ君よ。私はまたお人形ごっこしていた。アナタははじめ。おわりはじめ……。なんて今にピッタリな名前かしらね!」
少女は笑い出す……泣きながら、震えながら、本当に嬉しそうに笑う……。僕は……
僕は誰だって良い、この娘を絶対に救ってみせようと決めた。白いベッドを覆い隠す程長く、真っ黒な髪であるからではない。この世を嘲笑う、やつれ痩せこけて、この世の総てを憎み切ったように眉間に皺を残している、誰からも愛されなかった様な醜いこの少女を僕が愛し守ろうとしか考えられなくなった。そして僕はオワリハジメではない。
「僕は、ハジメ・オワリだ! 終わりの始めでも、始めの終わりでもない!……名前に意味を残すな、僕は常に変動しているからして名前など認識記号に過ぎないのだ!」
「ふふっ、じゃあ今だけは尾張はじめ君で居て? その方が相応しいもの。良かった、はじめ君が死んでいなかったという事実だけでも、私はもう十分よ。これを止めたい?
無理よ。赤と青のどちらかを切れば止まるなんて、そんな素敵な話はこの世に無いの。そしてアナタは私の所に来てしまった。これがバレればまた独房行きで、私がこの先を生きてもエジソンもビックリ、小学中退も同然で、私たちに未来なんて何処にも無い。たとえ社会に出られても……私には何も出来ないの……」
「そんなのは決め付けだ! 絶対に幸せにしてやる……幸せに――」
少女は折れそうな身体を起こして僕にキスをする。何度も何度も、キスをする……。そうこうしている間に数字はどんどん減ってゆき、僕たちの心拍数は増えてゆく……。
「『アイツ』とは……一体、誰なんだ?」
「はじめ君……であり、ーーーであり、ライト様であり、何もしてくれなかった神様であり……私のママだったものが、このぬいぐるみを抱いていたら眠れるんじゃないかといって禁断の果実と共に持ってきたものよ。……今思えば不自然だったわ、私はずっと食べ物を唆す蛇に気を取られていた、本命はコッチでエデンの園は有っては成らないと歴史の改竄はしてはならないと……そう、決め付け。私みたいなのがイヴな訳ないもの
……でも、これが一番のハッピーエンドだと思う。大好きな人と一緒に繋がりながら、気持ち良く死ねるなんてっ……この上ない幸せ……」
少女は裸で、当然の様に僕も裸で……繋がっているようで繋がっていないのは……。さっきの夢をエデンの園という言葉で少し思い出したからだ。白熱灯に映える長い黒髪だが伸びっ放しで真っ直ぐではなくて、自分をもうイヴと思っていないが禁断の果実を食べていないので失楽園をしていず、……この問いで定まるだろう。この世界は本当に終点を超えた先であるのか、ネコを探しに列車を降りた数字化された世界であるのか。
「キミは、黒ネコを見たらどう思う?」
「それは……世間一般の『定義』で答えた方が良い? それとも主観で良い?」
「主観『が』良い」
「黒ネコを見ると、私は人生上どうも他人事だとは思えなくなるの。私と黒ネコの世間一般からの評価は似ていて、でも人間とネコは違う所は……ネコだと放って貰えるけど人間は狂人と定義付けられて隔離される。結果的に私がココに居る事が証明になるわね
……今の私は黒ネコに嫉妬しているわ……」
「……キミは……逞しいよ、僕なんかよりずっと……」
そう、いつだってそうだ、選択肢を二つ設けると決まって第三の選択肢が選ばれる、無限に混沌とした第三の選択肢が。だが夢は夢、理想は理想、現実は現実という事を、この少女は明らかにしたのだ。これで僕は安心して救世主少女と繋がって自分の存在を証明できる……と、繋がろうとすると巧く入らない……良く見れば救世主少女の性器は裂傷を負っていたので僕は狼狽してしまう、けれど救世主少女はその裂傷を嗚咽と共に無理矢理ひろげて僕を包み、更に子宮の入り口をも声が出てしまわないように口を抑えながら漏らしつつ腰を落として貫通させて包みあげて、更に僕を求めるのであるのだ。
「ッ……! どうせ、私たちはここで死ぬの! まだ、ここはエデンの園なの!」
「こ、こんなの……キミが死んじゃうよ……」
「……私の事はどうでも良いの……はじめ君、私はアナタをずっと想ってた……」
何故だ!……何故、こんなにも僕の存在を許してくれるのだ! 僕はどこにも居てはいけない筈なのに、救世主少女は今にも折れそうな身体を自ら動かし僕を激しく求める
……情けなく僕は泣きながら彼女を抱いてその熱に応えると、彼女の骨が折れている音
……彼女の腕から針が抜けて血が溢れて……さえも彼女は依然として動く事を止めず、激しくなる一方だ。だからこそ思うのは、彼女は僕を愛しているのではなく、はじめという人間を盲目的に愛していたのだろうと。尾張はじめの性器は小さな子宮口によって搾り取られ骨抜きになってしまっている。彼女は僕に、今は尾張はじめで居て。というのだから、尾張はじめ=僕と定義された。僕は天井から二人を優しく温かな眼で見て、僕はそれで十二分な満足をした。二人は果て、少女は繋がりながら失神している。その股からどす黒い、ワインを思い出す血が湧き出て尾張はじめの性器を伝い、更なる白と黒がコントラストを為している。彼女もさぞ満足しているだろうと嬉しくなる僕の頬は緩みっぱなしだ。減少してゆく数字が〇、〇〇、一〇を指した刹那、金色の眼が瞬きをして眺めているだけで満足だった僕の魂を強制的に尾張はじめの身体に戻され、数字の全部が〇に成ると共に僕と少女の身体が剥がれて、浮遊する僕と少女の丸裸の魂が……
吸い寄せられる様に壁を通り抜けてシャバの空気を感じながら、閻魔様の居る天空へと連れられるのかと思うと違って、降下してゆくのだ。ドコかで見覚えの有る金色の瞳の黒ネコに餌か何かだと思ったのか甘噛みで捕まえられ、木陰に入って解放されたかと、思えばまた違い……辺りは真っ暗で何も無い死後の世界みたいな場所に僕たちは居た。
「いや~思い込みって凄いネ! じゃあ、答え合わせをしようか」
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Αはノゾミに操られながら、ここは自分の世界でない、自分の世界に似せた紛い物の世界だという事にようやく気付いた様だった。
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