第41話「俺があそこに居たワケ」

「何故……? 何故ノゾミが居る……?」

「おかえり、辛かっただろう。ヒーコー飲み飲みタバコ吸い~で落ち着けヨ」

理解し難い……ノゾミが尻尾をふらふらと安心し切った様な緩い声で、そう誘うのだ。小さなカゴを首にぶら下げて暖炉の火で顔を炙っている姿は想像だにしなく狼狽する。



「なんくるないさ~慌てるのは弱者だけで良いヨ。お前さんも良く頑張ったよネ。でもその頑張りもむなしく、お次はメシアと成るだろう。ア、金は要らんヨ」


「それよりも、どういう状況か説明しろ。俺はもう疲れ切ったんだ」

「缶コーヒーを開けられないからだろ~? 親の顔を見られて良かったじゃあないか、アチキだって頑張ったんだからにゃ~お互い様じゃないかヨ~」



 俺は疲れからか条件反射か、やはりノゾミを真っ直ぐな眼で見られない。首に下げた缶コーヒーは飲まず、上等な葉巻は吸いかけだったので謙遜し、いつものタバコを吸うと頭がクラッと来たから、それ位は費やしていたのだという事は理解できた。しかし、何故ノゾミと俺の間に隔てていた壁が無くなった様に、当り前にウチに居るのだ……。



「まずネ、お前さんの仕事内容はこの世界には無いヨ。記録を見る前国王は未だ拷問中そしてラジヲさんは海の藻屑となってしまったんだ」

「……ばらしたのか」

「ん~? 何をだ?」

「……計画……」

「アチキはね、ネコだからか知らんが自分のケツは自分で拭くもんだと思っている」

「……そうか」


「それよりもネ、お前さんの脳髄に記録されている、狂人学とは可なり貴重なモノだ、それはシッカリと忘れずに憶えておきなさい。この世を救えるくらいのシロモンだと、十二分にアチキが保障してやるから。忘れそうならメモすると良い。いや、しなさい。出来るだけ事細かく、丁寧にだ」

「……この世を救おうだなんて、お前が思うワケが無いだろう」

「もうアヌが動き出しているんだにゃ~、といったら?」

「…………メモはした、さっさと帰れ。ここにネコの餌はない」


「パパに似ず薄情者だナ、頑張ってたんだぞ~? 今のヘルを理解して旨い杯を交わし人肉選別の歌を謡って金を稼いだ。アヌのツケ、アチキのヒーコー代を全額返して余るくらい稼ぐ程の勇敢な、かつ行き過ぎるほど自信が無いお方だったよ」

「……そうか。だが何故、俺の代理人格者が父さんだと判ったんだ」

「自覚していたんだヨ。ーーーという名前はモールス信号でOオーという意味、輪廻転生を願って付けた名前だったんだとサ。すてきな話だネ~」

「……そうか……。で、俺にどうしろといいたいんだ」


「……やっぱりどんなモノでも欠陥は付き物。お前さんのパパにそこも自覚させたけど空回ってオジャンになった。だが全部が全部じゃなくてネ、アヌが動いているのもそのお陰様。今にもチャカでアシンメイク中のドアを開けようとしている」


 寝室から喘ぎ声が消え静かになってから、自分がお喋りになっていた事に気付いた。タバコを揉み消し、吸いかけの葉巻を頂戴して気取られないよう、手の震えを抑える。



「……そうなればアヌさんのバーのシャッターがまた上がる。良い話だろう」

「そう簡単にはいかないのが世の常。ヘルを見ただろう」

「人肉で繁盛しているじゃないか、巧くやれ過ぎている程やれている」

「……ヘルはこの世界に馴染めたが、パパさんは何処までも馴染めなかった。今お前の頭がグルグル巻きにされているのが証拠だよ、馬鹿真面目すぎたからさっき言った通り自覚が出来てしまう。この世界はそれ程カンタンな世界だと証明されたってワケ」


 葉巻のケムリを舐めてクラクラと酔っ払っていないとやっていけない。上質な葉巻の酔いはヤクみたいなもので、地に足が付かない、浮いている様な感覚になってしまう。



「……あの世界は捻じれていた。今思えば闇市場なんて屁でもないくらい、寒気がするほど難しかった。アヌさんには俺が話す、お前はいつも通りにやっていてくれ」

「いつも通りはムリだね、アチキでも予期せぬお釣りが有ったからサ」

「……ふう……。頼むから、いつも通りにしていてくれ」


「お前さんのパパさんは、アチキをここまでさせてくれた。まあ同じ穴のなんたらだと解っちまって面白かった。だからもっとお礼をしたいんだにゃ~と、こうやって会話が出来るのも因果性が伴っていると考えればまた、面白いじゃないかい」

「俺は遊びでやっているつもりは決してない、父さんは俺を助けてくれたから――」

「だからネ、チキとゲインに嗜好品や薬品の一切を絶たせなさい。ゆっくりで良い」


「……変なことを考えるなよ、ノゾミ!」

 ノゾミは俺の脚に顔を擦り付けながらそういうのだ、妙に温かくて気持ち悪い。足で払えばにゃはははは~。と、冗談なのか本気なのかの境界線をあやふやにさせ可能性をしっかりと残して外へ出て行った。雪はかなり積もっているが道が綺麗に出来てある。



 俺の子供に何をさせる気だ……! 頭を掻いてまだ半分の葉巻を暖炉に投げ捨てる。寝室に戻るとチキとゲインは抱き合いながら眠っていた、その横に一枚の紙がペラリと音を立てて落ちる。手にとって見てみれば……走り書きのような乱雑な字で世界という言葉が表裏にビッシリと真っ黒く埋め尽くされて……この世界が解き明かされていた。



「父さんとノゾミ……何の関係性が……?」

 俺はその一枚の紙を見て、世界の壁は紙ペラ一枚という言葉を思い出し、燃やした。



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 でも、次は母さんに会う為にまた……とは簡単には行かない……。ラジヲさんが死にアダム様が拷問されているこの世界は俺にはとても簡単だが、父さんは薄気味悪い顔で何をノゾミと……? それにチキとゲインもなんだか変。……休んでられないぞ……。

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