おわり はじめ / Δ

第38話「あと少しだけでイヴになれるのに」

私は強姦によって出来たひかりの娘、光子ひかるこ……。

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「……またか! あっち行け! しっしっ!」

 また懲りずに白蛇がやって来たので目を合さず口だけで追い返すと、背中に悲壮感と慣れを漂わせ、すんなりドアから出ていった。私ははじめ君との子作りで忙しいのだ、ヤな事をいい唆すだけの太った白蛇は私たちの絶対的な敵なのだ。ただ、面倒なのは、太っていない白蛇は絶対的な私たちの命の味方であるので間違えて其の蛇を追い返した日にゃあ私は眠って夢の中で死ぬだろう。決してそんな事は有っては成らぬ、成らん!



 赤い屋根の家のドアをはじめ君が開け、出来の良いお人形ごっこ世界はウソみたいに消え、そのドアの向こうは本当のエデンの園であった。証拠が有りすぎるほど有るのだからそうなのだ。今はもう古びて食べられない最初のリンゴを見て、私は周りを見渡し確信した、更なるドアを隔ててはいるが、そのドアを私の手で開ける時は失楽園の時。


 カーテンを閉めて白熱灯を点ければベッドから床から壁から天井から混じり気のない真っ白の部屋、引き戸をドアノブも使わず入ってくる唆す蛇たち、いまだ禁断の果実を食べては成らないといわれていないが、互いに食べない様にしようと決めたが故に裸であっても何も恥じない私とはじめ君の存在で……ちゃんと理由の原理は充足している。



 私の知らない事も少々あった。唆す蛇は全部が全部、悪という事ではなく、善い蛇も居るという事……それが非常に助かっている。長い舌でキレイに掃除をしてくれる蛇、尿道に入って尿を飲んでくれる蛇、点滴剤を舌で器用に変えてくれる蛇……それだけだが、逆にその三匹の蛇が私たちに力を貸してくれなくてはこのエデンの園の中で子孫、カインとアベルを残せない。……私たちが死ねばまた同じ歴史を繰り返すだけだ……。


 子孫を残す行為は至極簡単で全うだ。セックスをして、はじめ君の精子が私の卵子に受精すれば良いだけの話。それが最初から出来ていればもう私のお腹は既に膨らんで、命の木の実でも食べながら二人で談笑して其の時を待つだけの筈なのに……私のお腹は身体から日を重ねる毎に沈んでゆく一方……何故なら私が未だ不完全な状態だからだ。



 はじめ君は私の為に沢山してくれた。それでも、私の身体に卵子の一つも無いのか、未だ一回たりとも排出されず申し訳ないと思っている。でも、私たちは気長に待とうと行為を繰り返していく内、快楽を覚えてきたので後もう少しの辛抱だと思っていなきゃやって居られない。快楽を失ったが最後、本当に私は用済みに成って、愛想を尽かしたはじめ君は勝手にそのリンゴを食べて失楽園し、自由に好きな子とやってゆけば良い。


 そこまで考えられている私だが……絶対に諦めたくないのだ。歴史を、それも根本、私とはじめ君が改めてアダムとイヴに成り楽園の中で生きてゆけるという根本を、この哀しく侘しい思いをしている世界の人間の起源を塗り替えられるチャンスを誰が譲歩しナアナアにして死ねるというのか。別に偉く成りたいのではない、この世界の寂しさに気付けられている私が、この状況の中に居る。いち早く綺麗な色で塗りつぶせられる。



 いわば人類の頂点に私たちは居るのだ。私はまだ未発達だから早く血よ、出ておくれと懇願しながら聖なるセックスをしている最中に無礼にもドアが開く。案の定、神だ。

「また来たのですか、ライト様。何ひとつ私たちにしてくれない神様よ」


「光子、ママそういうの、好きじゃないな……。寒いでしょ、服を着た方が――」

「私たちに服なんて要らない! 今ははじめ君とセックスしているのよ? アンタ様がレイプ魔とした様にではなく、皆、全部が幸せになる聖なる行為ををしているのだ!」


「そんな大声でいわないで……。ママも反省したから、せめて栄養ドリンクを――」

「皮肉が判らないバカが!……はじめ君ごめんね、一寸まってね……神様というものは行為中に、無神経極まりなくこの聖域を土足でズカズカ入りこむのか? そんな神様、聞いたこと無い! やっぱりはじめ君の妄想だったのよ、コイツが神様だなんて!」

「ママは神様じゃないよ、ママはママ」

「お前には訊いていない! はじめ君、もう良いよ……コイツに見せ付けてやろう?

……アナタがアダムに成り、私がイヴに成る時をさあ!」


「光子、健康にならないと生理はいつまでも来ないよ? それに独りじゃ――」

「私は独りじゃない。お前が見えていないバカなだけだ、天に帰れ雌犬神!」


「……お薬のんだら楽になるからさ、まずは――」

「ほうら墓穴を掘った! 即刻かえれ! 今は神聖なる行為中なんだよバーカ!」



 絶対はじめ君の妄想だ。太陽を見てライト様が怒っているとか、月を見てライト様は二人いるのかとか、アイツを見てライト様は生きていた!……と、言動が不安定であり当て付けがましいし、恐らくアッチの世界でのライト様の絵画か何かに似ているのかもしれないが、神がヒトの形をしているなんて偶像にも程がある。土台無茶な話だろう。


 私ははじめ君を尊重したいが……こればっかりはどうしても……だから直接くちには出さない、あの無礼な雌犬神と私とのやり取りを聴いて何となく察して欲しいものだ。


 この世界はそんな話ではないという事と、異世界の記憶を現世界に持って来るならば専ら狂人の妄言にしか思えないという事を。まあ有り触れた男女の思考回路の違いか、はじめ君は石頭で頑固一徹だから仕方ないさと簡単に受け流せられない女の性質……。



「コホン……待たせちゃってごめんね、はじめ君。ライト様も太った白蛇も嫌がらせは一日一回が限界だから、これで心置きなく出来るわ! あの時みたいに出血すれば……

あの時はなんで出血したんだろうね……まだちょっと痛っ!……けどっ……」


 快楽で脳髄がぼんやりしている中……思い返せばあの時は眠っている所を無理矢理に入れられ裂けて血が出て私は悶絶して悲鳴を上げた。それがはじめ君との初めて……。


 でも私は知っている、私の欲している血はもっとどす黒いものだと……あんな綺麗な血ではなく、人間の本質を物語る様な汚い血だと……。今の私はもう痛みより、快楽が欲しい……快楽は私の積もる怒りや妊娠できない焦りや不安を弱めてくれるから……。



 そう、気長に……私は自分でもせっかちだということは判っている。この快楽の中で出血するのが一番うれしい、嬉し過ぎて失神するという様な体験をしてみたいが本音。その後の妊娠で皮膚が裂け、出産は鼻からスイカが出るほど痛いと良くいわれているがそれさえも凌駕する様な快楽に溺れて、眉間に皺を寄せる暇も無く眠りたいのだ……。


「はじめ君、泣くのはクセみたいなものだから……もっと乱暴しても良いのに……」

 はじめ君は私を労りすぎだ、優しすぎるのも度が過ぎている……。行為中くらいは、はじめての時以上に男の本能剥き出しの方が愛を感じる。そういう時にこそ出血するのではないか?……私の存在が愛され、私以外ではダメというくらいの意思表示を言葉でなく肉体で感じ、愛が介在する事によって性器が鬱血するほど充血して出血する……?


 そんな事を考えるのは野暮だと、白熱灯が眩しくて眼を瞑って快楽に浸っていれば、はじめ君が先に果ててしまった。私も私なんだ、なんだか行為中はそういう不安からか考え込んでしまって……身体は正直に反応するも満足いかない果て方をするのだ……。



 今や遠い昔……俺はハジメという名ではなくて、ブーッ、ブーッ、ブーッ、という名が本当なんだ。と、寒気がするくらい物凄く不快な耳が痛くなる音を解り易くしたのかどうか知らないがゆっくりと口から発し、その三回の長音が自分の名前だといってきてから、自分はお前の愛するハジメ君ではないと明確にしたいような感情を察し、私との愛情が少し薄れた気がした。それも何故か後ろめたい様にそう一回、いった事がある。



 手ではじめ君の身体を愛撫しながら性器に注がれた純白の流れを見てふと思う、私は色気が足りないから、だからはじめ君は私の身体に飽きてしまって連鎖的に私自身にも愛を想わなくなってそう口走ってしまったのではないかと。元はといえば、はじめ君は彼女が二人いて、その二人よりも私を想い過ぎてこのラジオを通してやってきたのだと来て、私はタルパの作り方を知っていたからその心を器に入れるだけで良かった……。


 そこまでして私を想って来てくれたのに、自分ははじめ君じゃないと今更ながらに、そんなの有耶無耶にしておけば良いのに、そこをハッキリさせようとした……だから、もう私は要らないと……浮気相手の方が魅力的だからごめんなさいして再び関係を戻したいと言いたげだった。でも、私はその二人の浮気相手に良く似ているから、私を想いここに、エデンの園に舞い戻って来てくれたのではないのか? 自分が解らなくなる。



 私が後ろ向きな考えをする時は決まって脳髄と身体とが乖離し、脳が胃に電波信号を送って、ぐうの音を出す時だ。私の目線はいつの間にか虚ろに萎びたリンゴに向いて、食欲なんて人間以外でも在る欲だ、その欲は今までの全部をパーにするものと戒める。 


 こうなった以上、一番カンタンに出来る人間の証明をして一心不乱に自分自身を取り戻さなければならない。私が獣のようにむしゃむしゃとこのリンゴを食べる事など……

あってはならない。この腐ったリンゴは目的を見失わない為の視覚的拘束物でもある。


 腹をぐーぐーといわせている時は口から食べるのが絶対という教育は確かにされた。その応用だ。腸にアルコールを微量でも入れると中毒になるくらい吸収するのだから、点滴は流石に素人が外したらまずいので、はじめ君の栄養を腸に入れて貰う。それから二人で裸のまま寄り添いながら眠れば回避できる。日に日に食欲が大きくなる原因は、雌犬神の口臭と体臭と、大きな蛇は食べたらどんな味だろという好奇心の所為だろう。



 ……まだ一寸はずかしいけど……私は身体力が全く無く、コレをすると更に力が抜けトイレまで間に合わなかった事も有ったので、絶対に聖域を汚してしまわぬようと――

「ひっ!……優しく……」

 先先かんがえていちゃダメだ、現在を考えるべきだ。過去なんて言わずもがな……。恥ずかしいは恥ずかしいが、そういった恥じらいはイヴにだって多少はあっただろうとして、アダムであるはじめ君がこの方法を開発してくれたのだ。そんな私が可愛いと。更に私はその恥じらいを恥じらって我慢する様が余計に女らしさだといってくれるのだから、そう考えると対価を貰っているという事になるので……今の私は我慢するのみ。


「ううっ……身体の中身が解る……人体の裏姿……ううっ……!」

 何もかもが判らなくなる位に目の前が真っ白に成り、思考も停止する……我に帰ると恥じらいなんてものじゃなく、私の知らない事が手に取る様、再確認されるように……

アレ……快感?……なのだろうか……初めての感覚がゾッと鳥肌と共に体中を襲った。



 もう恥じらいの我慢なんて出来っこない、私は無様にもよだれを拭う事さえ出来ずに脳髄も身体も自分のモノなのに操縦が利かなくて……空っぽの状態に成っている……!



 私の魂がエクトプラズムみたいにふわふわと飛んで、その無様な私を見ている様な、決して死んではいない、私は禁忌を破り泣きながら過呼吸をしている。それでも誰にも怒られないし止めさせないという現状にスッカリ魅了されている。いつもやっている事なのに、お腹が減り過ぎていたのか感覚がおかしいのだ……はじめ君は何をした……?



 これは夢か現かと、そろそろ私は怖くなり出してはじめ君に抱き付くと、私の身体の奥底にはじめ君の栄養がやっと注ぎ込まれる。私はこれが夢であって、終りが有るかと思い……ヤだ、ずっと、このままで居たいと本能が……はじめ君を抱き離さなかった。



 私らしくない我が儘が体感時間で何時間と経った頃、私の考えは逆転していた。これからコレを引っこ抜かれたら、絶対に立ち上がれない、トイレなんて無理……と最高の夢から覚めて現実に戻り、そういう意味で離れたくないということになってしまった。


 蛇に食べて貰えば良いが、その排泄物を食べる蛇は何かと愚痴みたいな事をブツブツ聴きとれない位ちいさい声で喋りながら食べるので……現実は非情だ、残酷だ……と、溜め息を吐くまでに自分のらしくない我が儘を貫いた事にガッカリしている。全責任は私に在るのだが、ある事に気が付いた。はじめ君のはもう萎んでいて、私の肛門に力は入っていない。私の中には色々と溜まっているが、そーっと力を抜いて抜けばベッドの上で漏らすことはないだろうと安心し、真っ白な聖域には真っ白しか許されないのだ!

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