第37話「はじめ が おわり おわり はじめる」
……悩みや不安がとけてゆくのが分かる……
-------------------------------------
なぜ僕はーーーの身体を借りている? 猿の姿だったら殺されるからだ! なぜ僕は記憶を失った? ライト様が穢れた記憶を消してくれたんだ! 笑えるほど気持ち良くライト様のいう通り難しく考え過ぎていたんだ。総てが解けてゆく……只一つを除いて総て事が収束した。その引っ掛ってしつこいものとはラジオの存在。ぼったくり珈琲でこの世界または息子ラジオの科学力を知ったが、そのラジオは見る限りソレを感じない子供でも作れそうな原始的なものであった。そんなラジオを使い、ーーーは妄想代理と仕事を称した浮気をしてゆき、ヘルと同様に人格が親と子と入れ替わったという論で、ここが僕のライト様の光力で表側に来た論とまるで矛と盾に成ってしまって……互いに譲る事を知らずに壊れず、強く、粘っこく引っ掛かってしまって居るのが気持ち悪い。
僕の論が正解ならば……僕はライト様に深く陳謝し懺悔に懺悔を重ねて滅罪を乞い、僕の元居た場所、裏側の光ひとつ無い世界に戻してくださいと懇願するしかない……。でも、そうしたとしてもーーーは傷ひとつ無く帰って来られるだろうかと不安が残る。
アヌの論が正解ならば……ラジオの設計者である息子を地の果て何処までへも、死に物狂いで探し回り、見つけ次第ラジオを監禁し如何にかして直させる他ならない……。でも、そうしたとしてもラジオの電池が切れたらーーーは一生を路頭に迷い棒に振る。
どちらの論にもバッドエンドが孕んでいる……ハッピーエンドで終えたいのに……。どちらにしたっても僕はこの世界に居ては成らないのは当然、親が子を想うのも当然。今も尚ーーーは間違いなく暗く気持ち悪い世界に居て僕の様に悩み学び苦しんでいる、狂人学という言葉を僕に託して……立派だ、僕は親なのに何もしてやれなかった……。
僕を制してくださった葉巻は指を焼いて完全に亡くなったていた。哀しいはずの弔鐘が僕には何故か目覚まし時計の鐘と似ている様に感じるのだ。第一、第二の選択肢が出来上がっているのならば、無限の可能性を秘めている第三の選択肢がある筈なのだ。それだけを絞って絞って絞り抜いたならば、誰も悲しむ事のない至上の選択肢になる筈で、第一、第二の選択肢が矛と盾であるのだから、鬩(せめ)ぎ合っている中の摩擦音に耳を塞げ、派生してゆく矛盾の間から敢て目を逸らせ、無謀な喧嘩からは何も生み出さないのだ。
僕はようやく立ち上がって姿勢を正し、馬鹿馬鹿しい。見てらんない。と外に出る。
煮詰まったのならば水を注げ。ケムリで乾いた喉を冷たい雪でむしゃむしゃ潤わす。この世界は確かに僕の子供、二世三世……で構成されているが、仲間とも呼べず敵とも呼べず……それなら、仲間を増やす為に募集すれば良いじゃないかと至極全う簡潔で、少々吹っ切れた考えを採用した。そりゃあそう、敵は悪で仲間は善というの考えも常。
前提として四人と一匹しか居なかった仲間を更に増やす事だ。アンダカントの市場は人口密度が高く雪の降りも弱まってきて今だ今だと買い物をしている人も多いだろう。
そこで僕がワイン瓶でもカンカン打ち鳴らし注目させ、大声で……何といえば仲間に成ってくれる/想ってくれるだろうかは計画できていないが……ここで自慢の僕の口。何も考えず喋らせばポンポン巧い事をいってくれる僕の唯一確かな武器なのだから、今使わずしてイツ使う、アルバイトで家畜選別を総て終わらせた実績を持つこの武器を。
アヌのバーに着き――あったあった、山ほどある――ゴミ置き場から空のワイン瓶をいざ割れてしまった時の為に予備を入れて四本頂戴した。ゴミなんだから何に使っても良い、逆に再活用に出来る。空のワイン瓶から良い匂いがするが、思い立ったが吉日。
雪を食べ歩きながら頭の中にほんの少しの台本を――設計図とも呼ぶ――作る。今や貴族の糞となったであろう
僕は雪を食べているにも関わらず……王様に成れる。人間の頂点に成る……等と夢を見るにも過ぎて身体が火照るほど気分が高揚して手が震えている。僕が王に成り、国の主導権を握り、絶大な権力を握られるかもしれないと思うと居ても立っても居られなくなるので割れたワイン瓶の刃先で額を削りながら冷静に市場へ急いだ。途中ワイン瓶を一本落としたが、予備として務めを果たせたねと血涙を流しながら息を荒げて走った。
アンダカントの市場に着いた頃には息が上がって演説どころではない、血と汗に
市場は雪の降りが弱くなったからか客はいつもより居る様に見える。そうだ、僕よ、焦る必要は無い……万全の舞台の上で臨め!……僕は市場の中央に行きカン、カカンと小気味好いリズムを瓶を打ち付け調子を掴むと、するりと口はテノールで詠い始める。
「さあさあ皆様、始まります。私めを
カン、カカン……僕の子供たちよ聴いておくれよ、これは本当の事なんだ現実なんだ。カン、カカン……僕は非道い事した、でもやつれる程まで反省したんだ聴いておくれ。カン、カカン……二度と同じ過ちを起こさぬよう、聴いておくれよ、法螺じゃないよ。カン、カカン……息子の身体を借りて皆の真実を口にします、慌てず聴いておくれよ。カン、カカン……僕の息子娘方の子供たちは遊んでおいで、子供たちにゃまだ早い話。カン、カカン……僕の息子娘方もちょいと強い話だけど、自棄にならず聴いておくれ。カン、カカン……あなた方は僕の子供なんだよ、証拠は空に輝いている聖母ライト様。カン、カカン……アダムとイヴは本当に居るんだ、みんなみんながアダムとイヴだよ。カン、カカン……皆様方はエデンの園の中に居て、リンゴを食べなかった賢い子だよ。カン、カカン……蛇に唆されてもリンゴを食べない賢い子だ、僕は食べてしまったよ。カン、カカン……その所為で打ちのめされたよ、遂にやっと這い上がって来れたんだ。カン、カカン……僕は皆様の親なんだと知って、強くなって這い上がって来たんだよ。カン、カカン……聖書なんてのは夢物語さ、現実はもっと恐ろしくて残酷物語なのさ。カン、カカン……何故なら皆様は聖母ライト様と僕のコなんだよ、そんな残酷な歌さ」
そこで口は逃げるかの様に噤んだ、信頼していた口の裏切りだ。こんなの唯一神教であるこの世界で前置きも無しにそれだけをいったならば、ユダヤ人を集めてヒトラーを称賛する歌を
強く瞑った瞼を開けると、小さい女……確かに小さい、でも……ブサイクで顔の肉が弛んだ女が僕の服を力なく引っ張り上げているソレは僕と女の身長の差の所為があって少女が腕を伸ばし切って力の入らない胸ぐらの取り方に似ている……が……とてもこの小さいブサイク女を少女などとは認識したくない……。確かな事は、僕は外に居たのに屋内に居るので世界移動に成功したという事と、第三の選択肢とは結果的に出来るものだという事、そして僕と戦っていた僕とは手前の口であるという事であった。敵対して居た故に、あんな裏切り行為をされ僕は、射精行為よりも強い達成感を得て世界移動しこの暖かくも寒い所に来たのである。そして……小さいブサイク女に助けられた……。
「離せ! このブサイク。こっちにはこっちの事情があるんだ、どっか行け!」
「ブサイクとはなんですかっ!」
「そのまんまの意味で、それも見ているだけで気分を害する程。言葉は解る?」
「バッカじゃないのこの人……っ!」
捨て台詞を吐くと手を離してくれた。僕はそれどころではない、部屋の小ささだとかトイレが剥き出しだとかはどうでも良い、ーーーがちゃんとあの世界に戻ってくれたかだけが心配でならないのだ。ラジオもリンゴも結局、まやかしみたいなものだったが、戻れたとしても、あの状態で戻ったとしたら皆からずうっと白い目で見られるだろうと忍びない。……どうしてもバッドエンドしか道は無かったみたい……だが、一番かるいバッドエンドの道を、最良の道を偶然にも選べたのではないかと……僕は思えている。
ドッと疲れが出て睡魔が襲ってきた。親として自分の息子娘たちが居る世界から脱しこんな所に、お別れも出来ずに来てしまったのは寂しいが、ーーーをどんな形であれ、ちゃんと元の世界に戻せた筈だから、そう、解決はヒョンな事で解決するものなのだ。
脳髄がうたた寝をしている、最近は満足のいく睡眠が出来ていなかったからだろう。
……ベッドが見当たらない、この部屋にはこんな薄っぺらいのしか無いのか……えっ?
ドアは二つ在るが、どっちにもドアノブが無い。ガラス越しに細い廊下が伝う先にまたガラス窓が在るという事はこの廊下からしか出入りが……この構造にどういう意味が?
いやあ、これもまた世界が僕をビックリさせようと、ちゃんと設定が在るんだろう。あの世界では記憶を失くして面喰いの連続だったけど、ちゃんと記憶は携えているからおかしく成ることはないだろうが……眠たくて仕方がない……硬い床に横に成って眼を瞑ろうとする瞬間、視界に入った小さな機械に映るデジタルの数字の羅列が直ぐに僕の知っているラジオだと分かって少し安心する。数字が判るという事は字も読める筈だ。
周波数は六六六、〇……僕は慣れた手付きでイヤホンを耳に入れれば案の定ザーッとノイズしか聴こえなかったが……かえってソレが心地良かった。楽な体勢をとって横に成ると何故だか涙が込み上げて来て、硬い床の感触、薄い布の肌触り、両手の空虚感で眠たかった眼球が数字の方に固まると、隙間から涙が溢れて来て、声をあげて泣いた。赤子のようにウワンウワンと喉が潰れんばかりに泣いて、泣いても、誰も来なかった。
「……うぐっ……ううっ……でも、どうして……こんなに胸が一杯なの……?」
イヤホンのノイズの中から……はじめ君、はじめ君!……と吐息と喘ぎ声が混ざった少女の声がして、イヤホンの外からは……おわりの奴、ホントムカつく!……という酒で焼けたとても少女と思えない怒声……そしてモールス信号が聴こえた気がした……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます