第36話「愛想尽かす様にタバコは消えた」

 アヌのバーは目の前で、お酒も良いかなと思ったが、酒は多幸感、タバコは鎮静感を持って居るので、僕は落ち着きを優先するが……疲れた後の一杯もまた格別……いや、腹が減っているのもある。雪が降ってから肉体労働も慣れたもので、綺麗な雪を冷えた水代りに食べつつ帰って暖かい暖炉の前でゆっくり葉巻を……の方が今は絶対に良い。



 ……言い訳、言い訳……でも、だって……言い慣れているからそう簡単に使うのだ。デモ、ダッテ。自分が使う分には便宜だ、相手に使われたらイラッとするのも解るさ、でも――ほら、また――話をちゃんと、しっかりと聴いて欲しいからそう容易く使ってしまう所もあり、ヤな話題を転換させる際などに僕はこの魔法の様なふたつの言葉しか知らぬ所もあり、詰まるところ僕は喋りたがりなのだ。僕の話を最後まで聴いて欲しいという心理は、狂っているとでもいうのか? 全く違うだろう、ただ我が強いだけだ、ただズルいだけだ、ただただ……お次は自己嫌悪だよバカだよ僕は……この僕と僕との攻防を見ている僕は誰なのだ、と思っている僕は何処に居る……という脳髄の形をした迷路の中で頭を抱えている僕を照らしてくださるライト様に助けをう。ライトさま、ライトさまは如何してそんなに明るく僕に歩を促すのですか。御返事待って居ります。


 直ぐにいつもの頭痛が起こり……だむだむっ……という音の中から考え過ぎだよと、微動だにしないライト様は耳ではなく心の奥深くに在る一番に敏感な部分を振動の様なもので直接シンプルイズベストを応えてくれるのだ。仰る通り、考え過ぎも度を超えて災いの種と成る僕はいつだってそう、軽々しく悩んでは助けを請うバカアホなんだよ。

 既に玄関に着いていたが、そうエゴにもイドにも戒めてやっと家のドアを開ける事が許された気になって帰宅すると、暖炉の火の温もりが熱くなった頭を沸騰させる寸前、防寒具もろとも衣服も何も全部ぬいで椅子にドシリと座って、ーーーの身体を確認して一服を始める。チキとゲインの微かな寝息をツマミにして葉巻のケムリに酔い痴れる。




 ……僕は親だ。ーーーもチキもゲインも捨て子と思うのも無理はないし、親失格だと思う僕も無理はない。ではあるが、ーーーを犠牲に二人の親が帰って来たともいえる。


 そう二人に告げるならば次にいえる僕の言葉は謝罪以外に無い。二人の寝息を遮って正に今、声高らかにして焦る必要は無いが……イツかは告白をする時が来るのは事実。



 丁度良いのは置手紙をテーブルに置いて一旦、ほとぼり冷めるまでどこかに身を隠し

……というのが理想だが……僕はどうしても、どうしても未だ、この世界の言語を理解出来ないのだ! 無論、面倒なワケではなく、例えばヒエログリフを見たものが其れを幾歳を掛けて現地人に解って貰える様に書き表せられるか。全体で見れば絵文字であるだからヒエログリフだ。と頭では解るさ、だがその字その字に何の意味が在るか、どう連ねれば御免なさいの一言に成るか、判別が極めて困難であり理解はまたその先……。



 走り書きでも書ける様な単純な文章を伝えたくても極小で複雑な絵の入ったパズルのピースをピンセットで一つ一つ丁寧に確認するが如く判別、理解せねば書き様もなんも出来ないというものであろう。この地で赤子から始めないと身に付けられない程の難解かつ長寿のノゾミやアヌでさえ一から口で教えるのは困難だと首をかしげる言語であるからして死に物狂いで考えに考えた末、僕はどうなっても良いと、伝言を選んだのだ。


 アヌでなら、僕の人格異変を良く理解してくれていて二人は里親として見ている為の立場的に僕のいう真実を狂人の戯言と思われても銃で撃たれても良い覚悟を以ってしてやれ僕がこの世界の親であるだとか、やれこんな親で御免なさい等、酒でワザと酔ったフリをしながら僕の秘めたる真実と、心の底からの謝罪をちゃんと聴いてくれたなら、二人に丁寧に解り易く伝えてくれる筈、その頃に僕はヘルの家に泊めて貰えば良いと。



 僕はもうウズウズして立ち上がるが葉巻の煙がせっかちな僕を止めてくれた。そうだ少し軽率かもしれない。アヌだって等しく僕の子で、それまで三人の里親だったのだ、前置きも無しに僕がお前たち全員の本当の親だといったならば、それはそれは面食らいイラつきさえ覚えるだろう。お前はなんでーーーを含めた三人そしてアタシを捨てたと問われるに決まっていて正直に答えでもして全人類に愛想尽かされるも有り得る話だ。



 僕は口だけは達者だが一度でも怒鳴られたならばワケが判らなくなって有る事無い事その場限りの事ならべ立てて逃げてしまうのは目に見えている。僕は誰も捨てた憶えは毛頭ないが、恋人の股から這い出てきた姿を見ずに並行世界を移動してしまった事実は確かだ。それはーーーだってそうで、この世界の一世も皆そうで、必然的にこの世界の一世は妻だけしか居なく、僕は猿のように交尾をして子孫を作る機械であったと思うと僕は声に成らない悲鳴を上げ、身体を震わし冷や汗が止まらなくなった、余りに聖書の冒頭と合い過ぎているから……。僕は裏の世界から並行世界を移動してやってきた猿、この表の世界で悪とされ、居ないものとされ、神にも成れなかった猿だったのか……?



 だから、アダムとイヴを見つけられなかったんだ。だから、ライトという名に敏感になっていたんだ。だから、僕は狂っているんだ。だから、だから、ここが終点なんだ。




 葉巻は尚も慌てるなと言わんばかりに、静かにモクモクと煙を吐き続け僕をなだめる。




 もう伝言なんていっていられない。僕こそがこの世界の表側に光り続けるライト様が優しくアダムとイヴたちを照らしている中、照らされちゃいけない裏側に居るべき筈の聖母ライト様を何回、何十回、何百回……数えきれない程アダムやイヴたちを孕ませ、産ませ続けた交尾しか頭にない猿で在り、きっと聖母ライト様は裏側と表側を行き来しケダモノの中の親玉である僕の、悪の夫の事を健気にも一途に想い、僕が来いといってしまっては行かなくてはならない状況の中にあった、ライト様は怨念の雲に隠れて見えなくなった時、実は裏側の猿山に来てくれて……僕は当然の様に腰を振っていたのだ!


 詰まる所、僕は並行世界移動なんて事はしていなかったのだ。ライト様がこうやって僕を照らし続けてくれているという事は、ライト様があの時僕にしか認識できなかった怒りの様な雷の光力で、裏側の猿山に悦に入る僕を表側の世界に引き摺り出したのだ!



 確かに女に成った時も有ったしフミアである時も有った、だとしても其れ等はただ、僕の性欲を増幅させる為に過ぎなかった。本当に性欲だけの雄猿で、様々な状況状態で聖母ライト様は僕の辛いフリをして誘っている所を生真面目に助けてくれた少女で在り優しく賢く美しい彼女に性的暴力を繰り返した夫が僕で在り、僕は悪そのものだった。





 そう結論が出ると僕は逆に落ち着きを取り戻し、放置していた葉巻を腹一杯に吸う。だって僕は記憶を失い、それが殆ど蘇り、反省と更生の余地がまだ有ると解ったから。時たま現れる白黒のグラデーションも、やはり性欲を増幅させる為の僕の設定であり、長い緑の黒髪の少女も飽く事を知らぬ性欲から断髪したライト様だったと落ち着いた。その場面が妙に引っ掛かるのは……何か口論をしているみたいだったから痴話喧嘩でもしたからだろう。誰がそこまで髪を切って良いといった!……と声を荒げている様ではないけれど……悩みや不安が解けてゆくのが分かる……。丁度、葉巻は指を焦がした。

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