僕 / Α 最終章 存在照明

第34話「親である僕は子に頭が上がらずに」

幸せとは不幸と表裏

幸せが無くなれば不幸も無くなる、その逆もまた然り

幸せと不幸が一定になった時、それは中庸となる

中庸とは体感的に無であり、無は何も生み出さない

幸せは善で、不幸は悪である

いつまでも終わりも勝ち負けも無い戦争をしている

寝返りもする、スパイも居る、クリスマスの休戦のような中庸も有る

その関係はマゾヒストとサディストの関係に似ている

マゾヒストが俗にいう不幸を求めたがるのは、それを幸せに変換できるから

サディストが俗にいう不幸を与えたがるのは、それで快楽を得られるから

マゾヒストは幸せ者で、サディストは社会的に不幸せ者である

快楽は幸せの前借り、サディストが居なければマゾヒストは居ない

それでも誰しも、幸せを求め死んでゆく

だけど僕は幸せになりたい

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 僕はずうっと、自分に対する蓋然性を求め、生き続けてきた。僕の生きている意味を見出したくて、辛い事や苦しい事を回避し、可能性の中に身を潜めて笑われながら耐え続け、その中の僅かな楽しい事や嬉しい事だけを勘定に入れて計算し、とある日を境にずうっとプラスを更新し続けられ、数字は嘘を吐かないから、その数字を眺めていれば満足だった。僕の魂が子供を多かれ少なかれ、造られる限りずうっとプラスであった。


 とある日とは親の死臭を嗅いだ時か、少女と手を繋いだ時か、数字を見つけた時か、世界の構造を知った時か、紙を捲った時か……。最早そんな事はドウでも良くなった。



 この世界は僕の息子娘、その二世三世……何親等か数えきれない程の人間たちだけで構成されていた。ーーーもチキもゲインもアヌもヘルもノゾミもソコらの人々も道理で見覚えがあると思ったのだ。ーーーとはモールス信号でOオーと初めに僕が若かりし頃に、

希望を見出そうと輪廻転生を願って付けた名前だ。何かの不慮で死んでしまってもまた

ゼロからでもと、何の生物からでも良いと、また繰り返したいと想いながら付けた筈だ。



 僕は世界の人類の親で在り、父でも母でもケダモノでも在った。そして、僕の名前はその世界その世界で決められていた。フミアと呼ばれたりもしていたがその頃にはもう疲れ果てて居て、ネコであるノゾミに手を借りようとしていた時期も有った。ノゾミは真似が巧いネコで、本当に人間の言葉を、口にし辛い言葉も有ったが総て覚えたので、僕はそれで満足感と達成感を得た。コレで良い、自殺しよう。と天井柱に縄を巻き付け首を括るとノゾミが人間みたいに止めろ止めてくれと声を荒げていた事を憶えている。


 ノゾミの話ではフミアは自殺したといっていたが……フミアが首を括ってから恐怖で逃げ出した為で、そこから当然に続きが待っていた。僕は気持ち良さを感じウトウトと死の世界に足を踏み入れようとした時、やはり少女が現れ、蹴飛ばした梯子を立たせて足場を作り、浮いていた僕の身体を立たせてくれたのだ。そしてまた僕は恋に落ちた。


 そんな僕の女々しさに恥じらいを覚えたのか、女に成った時も有った。出産の時には首吊りの気持ち良さなど無くただただ痛くて、子宮から赤子の頭が抜けた時に達成感を得て次の並行世界へと移動した。並行世界の移動は其の世界での達成感が絶頂する事によって文字通り、男の場合も同様、僕の魂が飛んでゆくという単純な仕組みであった。


 言うなればこの世界は僕が飛び歩いた並行世界の果て、終点であり、皆が銘々幸せに暮らしている事を親である僕が確認できる世界で、次の世界はもう無い、又は死ぬほか無いと解る。男の絶頂である射精行為が出来ないのが、その証拠を裏付けているのだ。



 僕がこの世界にやって来た時も起きた瞬間から、ーーーから僕に成ってから勃起すら出来ず、感ずる所は口腔と乳首と前立腺しか無い。そして最も僕がこの世界を終点だと思う決定的理由は、寿命が無いと、自殺しない限り永遠に生き続けられるという事実。


 良くいえば息子娘の成長を永遠に見続けられる、悪くいえば生き地獄……という事は専ら明確であり、誰しも、誰しもがずうっと美しい状態で活きられるからであるのだ。

 以前この世界でも移動の様な事が出来たが、この世界の中をただただぐるぐる回って居ただけだった事も、この世界が終点だという証拠の裏付けになってしまうのだった。



 更に僕の魂は今……皮肉にも最初に産まれたーーーという息子の中を占領している、親が息子の身体を借りているという不思議な状態にあるからして其の罪悪感に達成感がひれ伏しているのだ。それが判ったのはこのラジオという僕が並行世界を移動していた証拠を残して去った息子のお陰様である。立派に成長したね。と頭を撫でてあげたいがコレで僕がこの世界に来なければこの世界は人間の均衡が崩れ、崩壊していただろう。

 被害者はヘルと前国王だけで留められて僕は救世主だ! というのは上っ面、偶々であり何故もっと入念に実験を重ね重ね完璧なモノにしなかったのだと叱りたいものだ。



 僕は親ばかだ。親ばかであるが故に道行く息子娘、二世三世……の事が心配になって堪らない。全員が僕の遺伝子を受け継いでいるが故に僕に似てしまっていないかだとか近親相姦になるが故に奇形児や障害の持った子は……だとか矢鱈に心配になってしまい客観的に見れば自意識過剰だが気になってしまって仕方がないので今は家で留守番係と称して引き籠っている。外に出れば道行く人を見る度々に気になって仕方なく、今も尚尋問拷問されている息子が居る事実、立派に育ったラジオも極悪人と呼ばれ国外逃亡も余儀無くされている事実、最低でもひとり、僕が最も初めに造ったーーーという息子の身体を親が乗っ取っている事実が親として其れこそが最低だと悩み、自殺という逃避は

ーーーを殺す事に成り、自傷もーーーの身体を傷付ける事に成り、僕は遣り切れなくてただーーーの恋人であり僕の娘であるチキとゲインのセックスをぼうっと眺めながら、浮気をして行ってしまった息子の身体で勃起訓練をし、親として娘の笑顔を保ちたいが為に見せ掛けの恋愛を続けてゆくしか手段は無く、親としてこれ以上の悲しみは無い。



 ツケが回ったのだろうと今更おもう。ずうっと、ずうっと並行世界で身勝手に子供を造ったり自殺しようとしたり記憶を捨て置いたり本当、勝手気ままにズルく生きてきたのだから天罰が下ったのだ。総ては僕の所為と想ってしまうのも無理はないのだ……。 


 この世界で肩身が狭いのも当然であった。何故なら僕は教育を、是非も知らず甚大な量の子たちの親として生きてきた背中等まるで無く、例えるならば妊娠中絶を禁止した国のばか野郎な王様。自国繁栄の為だけに、無責任に子を造る事だけに満足するだけでその子を育てようという未来等ひとつも考えず、次の少女の所へ飛んでいったからだ。




 外の降り積もる雪をぼんやり見つめて、では何故? と論点をすり替える。僕の一番強く記憶の中に居る白と黒の少女は未だ見つかっていない。僕の身体は、ーーーの姿は新聞の一面に載ったが、自分の姿を初めて見つつ発見した事は、この世界には反射する鏡やそういったものがひとつも無いという事だけであった。であるからして其の少女は僕のあるべき姿を知っている又はソレしか知らないから未だ何処を探しても見つかっていないというのならば其の白と黒の少女は、僕が産んだ産ませた娘ではないという事でひたすらに探し求めていた其の少女は……イツかドコかの自分……という事が解った。



 そうやってまた絶望の縁に追いやられてぼうっと機械的に同じ動作をしているとまだ発見は続くのである。僕はロリータコンプレックスではない、ノゾミがたまに暖まりにウチに来て――というのは照れ臭いからだろうが――チキとノゾミのじゃれ合っている光景を可愛い子犬と子猫をだと見て少しホッとするという事は、少女を好んでいるワケではなく、小さくて可愛いものを見ているのが好きというワケでも、見ていて安心するというワケでもなく、邪魔に成れば非力な僕の力でも簡単に殺せるからだという残酷な結論に落ち着く他ないのである。男であっても女であってもネコであっても関係ない。


 その結論で更に僕の罪悪感が増す。少年少女は可愛くて性的でも父母性的でも魅力を感じない其の裏には幾ら少年少女が可愛くても本当に邪魔、ウザったい、要らない等と感じる様に成ったとしたら武器を使わずにでも排除できる、ネコだったら尚更で、僕の愛の形すらも狂っているという事であり、遣り切れないどころか居た堪れなくなって、落ち込み、親として何にも出来ていないと自棄酒を繰り返すと其の感情は増してゆく。



 達成感なんてもうカケラも無いじゃないかと思う次第だが、アヌだって僕の子供で、稼がせてやらないと……という焦燥感も在ったがアヌはちゃんと考え方が古く、少量の酒なら薬に成ると子供が親にいって聴かせるので、酔っ払ったフリで全部を吐き出して楽になろうとしたが巧く言語化しようもなく、中途半端にいってしまったら誤解されると、僕は親ばかではない、ばか親だ、クズだ、その銃で僕を……と思った時もあった。




 精神的にやつれてきて、こうなれば過去の楽しかったこと嬉しかったことを思い出すしかなかった。ゲインは僕の存在をちゃんと定義付けようと僕と口論をした時の事や、アヌはヘルのいう事をばかばかしいと思わずしっかり聴いて僕の可能性を絞ってくれた時の事や、ヘルは妄想代理の弊害を受けた第一人者でも良く耐えて僕の知る限り一番に頑張った息子だけど人格は僕の息子では無い誰かだと知った時や、チキはマイペースでいつもフワフワして僕の狂った心の清涼剤になってくれて憧れを抱かせてくれた時や、ノゾミがフミアという名前をいってくれなければ僕はずっとーーーの身体を呑気に借りこの世界でのうのうと暮らして記念すべき第一子まで考えるに至らなかったなあという思い出……。みんな僕に関わってくれたこの世界の同士たちは掛け替えのない財産だ。

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