第32話「フミアという人間の存在」

 三割引きで足りるかどうか、今は確認できないが僕にはこれが限界だが、僕は考えず口に喋らせればイツだって巧いこといってくれる事を……力と呼べるのだろうか……?


 ノゾミは本当にフミアという人間を尊敬していたんだろうと……ひしひしと感じる。弱みを握るという事はかなり過酷で大変な事だな……ノゾミの想いをしっかり受け取りつつ自信を得つつ、僕は世界一長寿のネコとの口論に勝ったと感心しつつ本題に入る。



「ノゾミ……ああ、もうそういう畏まった話じゃなく、率直な僕の疑問だ。二つある。例えばあの聖母ライト様に何か異物が当たったか何かでピカリと……一瞬でも世界中が発光する事は一度でも有った否かを、光に敏感であるネコであり最長寿であるノゾミに訊く事がココに来る本来の目的だったんだ」


「それはアチキに訊かずともビックバンしかないだろ。そんなのを見た事があるヤツが居るのならば、この世界の創始者ほかならないヨ」


 僕はそれを聞いた瞬間ドキンっと何故かまた例の白黒のフラッシュバックが起きた。確かに僕は真っ白な光を見たが……僕が世界の創始者?……いや、チキも見たといっていたのだ。それならばあのクスリの副作用と考える方が合点がいくのに、胸がザワザワして成らない……僕と少女の関係性なんて知らない!……と臭いタバコに火を付ける。


「……どうかしたかにゃ?」

「う……うん……判った。次に、僕は未だ聖書は冒頭しか判っていないがオカシイ所があると思うんだ、聖母ライト様が産んだアダムとイブは何処に居る?」


「聖書なんて理想の塊みたいなモンだからナ~。そんならネコはどこから創造されたか万物はどうして構成されたか、人類創造すら科学的根拠が書かれていない辺り先人様の夢物語の域を出ないっつうこった。ケダモノにだって命は在るんだヨ」


 そういえば、ケダモノは裏側の世界に居る筈なのに、表側にネコだけ存在が認可されている事も変だ。市場の店の中に居た数も憶えている限りでも十数匹は居た。ノゾミのいう通り聖書というものは科学的根拠は書かれずに創造された人類から産まれた未来の人類が科学的根拠を発見し裏付けている……それはどんな宗教でもそうだった筈……。



「さっきからどうしたんだい、そわそわしてサ。お前さんの質問はこれで終わったネ。次はアチキが訊きたい事がある……『狂人学』とは、何かにゃ?」


「狂人学?……そりゃあ僕は狂人の類かもしれないけれど、何だいそれは?」

「ありゃ? てっきりお前さんが作った学説みたいにアヌがいっていたけれどネ」

「狂人が学説なんて作れるワケないじゃないか、在ったとしても滅茶苦茶だろう」



 狂人学……? 狂人というものは場合によれば妄想が激しい人も居て、そんな妄想を極限まで思い詰めてゆけば、例えばだが、新説が生まれるかもしれない。が……根本の妄想がゼンゼンまったくオカしなものであればどんなに考えてもオカしなものだ。でもその身に覚えのない学説は非常に興味深い、狂人が狂人学というものを評価されるならたちまち偉人に成り、健常者からは到底でない様な説を提唱する狂人がどんなに小さな事でも突き詰めてしまう狂人に任せる……たとえ成功して称賛を得ようと其の果ては、『天才』の国家を築いて、争いが起き、国家もろとも自滅する未来しかないのだ……。


「アヌも歳だ、狂人学だなんて……狂人にそんな素敵な言葉を囁いたらダメだ。狂人は腐ってもヒトであり、それも健常者同様に考える脳髄が在って、自分の意見もちゃんと携えている。狂人と称される所以は……何かしら度が過ぎてしまうからなんだよ」

「ああ間違えた、お前さんじゃなく前の……だったネ。忌まわしき妄想代理から帰って来てツケを払おうとした時に『狂人学は勉強になった』云々といわれて、深く聴こうと思ったら……お前さんに成っていたんだってサ」


「それはーーーにしか判らない事だな……そうだ、思い出した。三割引きにしてくれて嬉しい。けれど、まだお金を確認していないでここに来たんだ、ツケにして欲しい」

「わあったわあった~。缶コーヒーはちゃんと飲んだかい? 送るよ」

「いや悪いよソコまでされちゃ、帰り道は判っているから、外も寒いし……」

「いやさ、まあ……正直にいうよ。ちょっと帰りでだけで良い、フミアと喋りたい」

「そ、それは?……まあ、あんな感じで良いなら良いけれど……」

 いいながら暖かい上着に袖を通す僕の脚にノゾミは両前足を置いて立つので不器用に腋を持ち上げて金色の目線を合すと、見た目は本当に美人さんの子黒ネコ。自動ドアが開くと矢張りノゾミの身体は寒さに震える。ノゾミは僕の上着の首元にスルリと入り、僕は落ちないように片手でお尻を支え、謎のフミアという人の様に優しく喋り掛ける。



「ノゾミ……まだ冷えるかい?」

「フミアの体温で直ぐに暖まるサ。ちょいと、そこの葉っぱを一枚くれないかい」


 前足の先には見るからに毒々しい色の大きい花が、寒いなか咲きに咲き誇っている。分厚い葉っぱを一枚ちぎると蜜のような液体が垂れてきたので慌てて渡すと、ノゾミはまた前足を器用に使ってその蜜をチュウチュウと吸い、疲れた後の一口目のお酒の様にプハァ……と深い溜め息を吐く。これはマタタビでも無さそうだが……凄く満足顔だ。


「こりゃあネ、見た目は悪いが人間様でいう所のタバコみたいなもんさ」

「マタタビは生えていないかい?」

「いやあ、犬薄荷いぬはっかで十分サ」

「犬薄荷? やっぱりどこかに犬は居るのかい?」

「おいおい何をいっているんだよフミア」

 そういいながら犬薄荷とやらをカミカミして満足げなノゾミは何だか可愛くなった。本当にフミアという人が好きだったのだろう、自然体の様で、先刻までの口調は営業用だったのだろう。ノゾミも腐ってもネコだ、ひとつの事に集中すると邪魔されたくないみたいなので僕はノゾミの頭を見ながらなるべく揺らさないように尻を安定させていると、顔が綻び心が癒えてゆく自分に気付き、またココに来たいなと思う次第であった。


 闇市場が近付いてザワザワうるさく成るのが嫌だ、ノゾミは黙って犬薄荷に夢中で、僕もこの感覚に夢中なのだ。獣道でも草花を掻き分ければ他に道は在るかもしれないが奇声がここからでも聞こえてきて寒い中うろうろしていたらノゾミも流石に嫌だろう。



「フミア、アチキだってタバコを吸っているんだ、フミアも吸って欲しいヨ」

「うん、分かったよ」


 イヌハッカは噛み過ぎて練り物みたいになっているが、ノゾミはまだ物足りない様で少しずつ噛んでは僕の顔を見て喋り掛ける。最年長者だが子供それも人間の子供みたいで微笑ましく、僕は笑顔を返しながらタバコを、ノゾミに煙が掛からないように吸う。


「ふう……。ノゾミ、帰りはどうするんだい?」

「アチキもまだまだ現役、走れば暖かくなるサ」

「ふう……。そっか……」

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