第29話「どうして ぐるぐる」

「ゲイン! ノゾミという猫はアンダカントに居るのだろう!」

「そりゃあ居るけど……いきなりどうしたの。それにチキは?」

「あ……いや、ウン、そうだよな。ちょっと葉巻を吸って落ち着くよ」

「―――、元気だねー……ふわーあ」


 危ない危ない! また発作と誤魔化さなければならない所を誤魔化す所だった……。葉巻の両端をナイフで切って先を暖炉の火で十二分に炙り燃やし吸った煙を舐めながら吐き出し動悸を落ち着かす……どうも僕は焦り症だ……ノゾミは世界で一番生きているネコだから光には敏感な筈……と無意識に記憶を弄っていたらつい口から名前を出してしまった。そうやって結論から声を大にしていうからビックリされるのだ、発作だとか嘘を余り吐きたくはないのだ……まだ残っていたコーヒーを呷り呼吸を整えつつ……。


「……うん、ゲイン……やっぱり葉巻はタバコの王様だが、もう無くなりそうだ」

「……何がいいたいの?」

「……アンダカントへ買い物……ほら、カネをさ、贅沢に使った買い物を……。いや、アンダカントのちょっと良い所で食事でもしてこないかってただ――」

「アナタ、ノゾミの事を余り良く思ってなかったけれど……そんなに会いたいの?」


「いやあ何というか、仲直り?……そう、ヘルみたいにさ! 仲違いは良い事じゃないのは当然であり……なんというか、なんというか……」

「……語るに落ちるわね、まあ良いわよ。丁度パンも切らしてたから皆で買い物に行きましょう、ちょっと贅沢にね。ノゾミは『ぼったくり珈琲コーヒー』に居るわよ」


 やっぱり、ゲインは僕の何かに勘付いているようで引っ掛かるが……いや、それでも良いのだ、荒っぽい事が起きなければ……少なくとも理解者は居てくれた方が良い筈。


 葉巻は吸い終わるまでタバコの何十倍と時間が掛かるが、シケモクという形で灰皿に火種を擦り消してまた点けても味が損なわないという。こんな良い物を歩きながら吸いたくはないので帰ってからのご褒美とする。二人とも抜かりなく既にマッチとタバコの用意が出来ている様で、待たせてはいけないと立ってみれば、この家すごい煙たいなと妙に漂う白い煙が目線に入って今更おもい、窓を開けて換気しようとすると窓のフチがひん曲がっていて開かない……等と無駄な動作をして待たせてしまって少々パニックになってしまって……ふう……と息を吐くと、自分が何をしたかったかを忘れてしまう。


「嗚呼……僕は……なにをしているんだ……ダメだダメだ……」

「何ブツブツいっているのよ、タバコとマッチは要らないの?」

「そう! ただそれがしたかったのに……巧くいかなくて……」

「……大丈夫、もっと巧くいっていない人も居るみたいだから」

「それはどういう……」

 ゲインに是非を問う前に違和感、ついさっきまで居たチキが居なくなったと思い僕はぐるぐる回って探してみると、灯台もと暗し、チキはドアの前でへたりこみコクコクと眠っていて立てそうになかったので、僕が負んぶをする形となり、寒い外へ出れば……

案の定そっちに気を取られて自分のタバコもマッチも忘れてしまった。取りに帰るのは流石に失礼だと思い……優先順位的に僕に失礼しているチキのタバコの拝借に至る事にしたのだが、片手でマッチは擦れないのでゲインにあの時みたいに点けて貰う。チキの吸う、僕のとは違う銘柄のタバコを歩きながら一吸いして燃やすと片手がビクン……と危険信号が出たようにタバコを落とし、むせた。拾ってまた吸っても、何度もむせる。


「ケホッケホッ! これ、チキがいつも吸っているタバコなの?」

からいんでしょう、チキは本当に可愛いわ。でも可愛いといわれるのが嫌いなのよ」

「エッ……だからあんな強いクスリとか、このタバコだとか……」

「私を仮に……仮定の話よ? 美人だとして……私を可愛いと思った事はある?」

「ゲインは……なんかこう可愛いというより、隙が無くしっかりしていると思う」


「しっかりしている……素直にいってくれて嬉しいけど、チキもそういって欲しいの。私たちは三人とも親無しで、アナタは男……。同性である私とチキは絶対にドチラかがケンカを吹っ掛ける間柄にあるワケで……私は行動派、チキは受動派……」

「……何がいいたいの?」

「今日は……まあ、当初の目的であるノゾミを愛しても良い。でもチキをもっと愛してあげて欲しいの。チキは本当に可愛いから」

「僕は……二人を平等に愛している筈……」

「その天秤は、確かに釣り合っている?」

「……さっきので、釣り合っていてほしい」

「釣り合っちゃダメなのよ……恋愛って。落としては上げて落としては上げて……その繰り返しの連続が堪らない……たまらないのよ……」


 そういうとゲインは深い溜め息を吐きながらチキの頭を撫で、つぐんだ口から出る煙に余韻の様なものがあった。下を向いて道脇に有る、僕たちの生存確認の様にどんどんと増えてゆくタバコの吸い殻を眺めながら歩いて、その余韻の意味する所を考えていた。



「……格好つけるなよ、ゲイン」

「ふう……。カッコなんて付いてないわよ」

「僕は、たとえ天秤の上がり下がりが堪らないと二人が感じているとしても平等に愛しそれを増幅させる。仕事もちゃんとこなしてカネも工面する。だから、そうしたいから二人にも僕をもっと愛して欲しいのだ。気持ち悪いかもしれないがカネは汚くとも働きちゃんと用意している僕の事を、もっと認めて欲しいのだ……。特に、ゲインは」

「私はアナタをちゃんと――」

「僕はアナタじゃない! ーーーという名前があるのだ! 僕はゲインもチキも名前で呼んでいるのというのにソレは酷いんじゃないか。僕にだってそういう皮肉をそこまでされたら嫌味にも感じる。ゲインは正直……陰湿な女に見えて仕方がないのだ」


「それは言い掛かりよ! 第一、ーーーが私にアヌさんの紙芝居の主人公『アナタ』で在りたいからそう呼んでくれって……昔の話だけれど……」

「えっ! でも……でもチキは僕の事をちゃんと名前で呼ぶだろう!」

「チキも昔は……三人でごっこ遊びをしていたの……アナタ・カナタ・ソナタの物語はアヌさんが私たちの当時の関係の打開策を、紙芝居にして読んで聞かせてくれたのよ。でも……私が一番、昔に囚われている子供だった……ごめんなさい!」


「え……えっと……いや、良いんだ、頭を上げておくれ……そうだよね、僕は昔の事を憶えていないのに……。ゲインは子供じゃない……全く……僕が一番……」

 僕は全く罪深い誤解をしていた、ーーーとチキとゲインの関係にヒビを入れてしまうような僕は全くもってーーーの器に値しない、積木が巧く積めないからと他人の積木も全部ぐちゃぐちゃに喚きながら崩してゆく人格だった。僕は不安で仕方なくなる……。どうしてーーーはこんな僕を認めてしまったんだ……どうして浮気なんかをして二人を残して僕に託したんだ……どうして僕は我が物顔なんだ……どうして……どうして……


「あ……あっ……アホ! みんなのアホ! バカ! アホ! バカアホ!」

 僕は居ても経ってもいられず、チキとゲインと醜い暴言を捨て置いてアンダカントへ泣きじゃくりながら我武者羅にギクシャク走った。着く頃には頭の中に在る立方体の中総てが「ぼったくり珈琲」という言葉だけになっていた。……僕は文字が読めない……くそ、ネコを探せば……店内に居るネコは珍しいだろう……僕は犬の様にハアハア涎を垂らし尻尾を追い掛け目を回す如くアンダカントの市場の中をぐるぐる走り回る……。



 何十周か走り回っている内に普通の道ではない未開発のトンネルの様な暗い下り道を気にしながら尚も走り回って、店内に居るネコは何匹か見つけてたが店に入り尋ねると「冷やかしか!」と怒鳴られ、恐れと共に人間的思考が戻った。例の下り道の先は煙、吐瀉物、排泄物の臭いに溢れているが、僕は何故だか惹きつけられているのであった。

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