第28話「振り返れば謎だらけ」
「そうね。最近、愛を感じていないかもしれないわ」
「えっ! いや、愛しているよ、当たり前じゃないか、僕は二人の恋人であり――」
「だってーーー、誘ってもこないしねーっ」
「えっ、ああ……そ、そうかもしれないね……」
誘う……そうかそれだ。僕は誘い方を知らないから恋愛が発展しないのだ。男である僕が誘わないから二人に我慢していたのかもしれないが誘う……どうやって誘う……?
……それ以前に僕は久しく勃起をしていない。僕の眼はちゃんと二人の少女を映して居る筈なのに、僕はロリータコンプレックスで在る筈なのに。いや、慣れもあるのか?
僕は数多度とナボコフの様に少女を愛していたから、少女という存在に飽きてしまったとも、記憶は不完全ではあるがそうとも考えられる。だからアヌやヘルに興味が湧いてしまったとも考えられる。じゃあ……二人とも、脱いでみて。といえない後ろめたさが有るのも事実。実際に脱いでくれたとしても……秘部を愛撫したとしても……罪悪感が増していくだけ……ああ、また光った、あのゲインに似た少女……僕はその少女に何か非道い事でもしたのか?……というか、誰なのだこの少女は……こんなに強く思い出すわりに名前も関係も未だ判っていないが、結論はソコだろう。その少女が邪魔なのだ。
「ゲイン、その長い……そう、長くて柔らかな緑の黒髪の女は他に見たことあるか」
「それは……誘ってくれているの?」
「いや、いやそう解釈して貰っても構わないが……素直に訊いているんだ」
「ゲイン、髪の毛には矢鱈とこだわってるよね」
「そうね、まあ逆にいえば髪質以外に自信が無いからだけど。ここまで長くて手入れもちゃんとして、染めた経験も無い人って……居るだろうけど分からないわ」
「分からないというのは、見たことが無いということ?」
「……照れるけど、そうね。私は……チキは?」
「まだ見たことないけど、王女様も結構キレイにしてるかもねーってことで……ね?」
「王女……ううん……なんだか、違う気がする……」
王女様はそりゃもう美しい髪なんだろうが、記憶の断片は……年下であり、それでもハンディにさせない頭脳の身体を持ち合わせた少女……。深く記憶を詮索してゆくと、ダムダム……という粘着質のあるボールの音と、茜色に染まった木々がフッと見えた。
「ダムダム……茜色……階段……手紙……ライト……ライト様?……ライト様だ!」
「え!? なになに、どしたのさ?」
「僕は、聖母ライト様の生き姿を見たことがある!」
「なにをいっているのよ、アナタが猿かアダムだとでもいうの?」
聖母ライト様は別世界から来た人間で――そのアダムとイヴは聖母ライト様と猿との異種間によって産まれた――という様に言い伝えられて、この世界の元々はケダモノが
……とアヌに簡単なこの世界の創世記の冒頭を酒を飲みながら御伽噺のように教えてくれたのを思い出したが、聖書が絶対な事実とは限らない、どの世界でもそうだろう。
僕もヘルも聖母ライト様の夫が猿だとは未だ話半分しか思えていないが、この世界で生きてきた人たちは唯一神教なのだ、文字通りに父は無いものとし、神はあの月の形をした聖母ライト様ただ一人しか存在しないと崇めている。でも僕は確かに「ライト」という名に強く反応したが、逆に、「ライト」という名を頼りにしていただけの様なので
「聖母ライト様の夫は猿じゃない!」と唯一の異教徒の立場になってしまうのだった。
人間は猿から進化しただとか海に居た微生物の突然変異、未来人の時間移動……等、当時を知っているものが居ないのだからそう「聖書」という歴史美化改竄主義が書いた妄想本が在るのだ。人間の可能性なんてドコにでも在って取り留めもないようなもの。
現に聖書に矛盾が生じていて、この世界の生物の寿命が永遠であるのだからアダムとイヴは何処に居る? 普通その様な存在であるのなら今もなお生き姿を崇められているはずで、自殺したとでもいうのかと、そもそも聖書を書いた人がそれを見ていたのかと不自然だ。でも、そう思う僕も聖母ライト様の存在を肯定しているので提唱権は無い。
「アナタ、まあ……アヌさんから聖書の記憶を取り戻して違和を感じているんだと思うけれど、もしかして『猿』の事を本当のキーキー鳴くケダモノの猿だと考えてるの?」
「……違うの?」
「アヌさんもやっぱりトシなのね、それは旧約聖書よ。昔の人の書き方だから昔の人はそう捉えているみたいだけれど、私たち若者向けに書かれた新約聖書で猿は『男』だと
ちゃんと明記されていて、猿山のボスは性欲盛んで穢れた男であり、あまねく殆ど男は
『悪』であると直接的に書いた新約聖書を書いたのは前国王……判るわよね?」
「女尊男卑……他世界の常識に倣おうとしたと?」
「ライト様が他世界からやってきたという文は書き換えられず丁度良かったみたいね。
……それを踏まえて、なぜ聖母ライト様の生き姿を見たことがあるというのよ?」
「……そんな顔しないでくれよ……ホラ、また例の発作だよ……」
「あらそう」
アヌから教わった聖書の読み聞かしが旧約聖書のものだったとは知らず異教徒に成る所であった、ゲインは僕よりも神を愛し信仰が厚いのだ。ヘルの職場では良く使われる僕の他世界を旅して得た記憶はアヌから「チキとゲインとの関係を崩されるとアタシが面倒だから」ということでヘルも僕も妄想代理の弊害によって人格異変した事、況して自分で並行世界を旅したかもしれないという曖昧な思い出しなんてものも二人には未だ秘密にしているからして、僕は飲んだ覚えのない薬の副作用で精神に傷を負い、時たま発作として変な事をいってしまうという事にしているが、明らかに察しの良いゲインは薄々でも勘付いているだろう。僕の名前を呼ぶのも露骨に避けている様だから。その分チキは相変わらず馬鹿でふわふわと……と視線をやるとチキも怖い顔をしていた……。
「チキ、ほら、発作で……」
チキはむすっと、髪の毛をふわりと揺らしながら首を振る。実は馬鹿をする人ほど、何を考えているのか解らないもので、何の言葉で気に障ってしまったのか解らず発作という便利な言葉でケンカを収めようとするが、こんなチキの怒り顔は初めて見るのだ。
「神様なんてどーっでも良いよ、私の髪の毛のことを馬鹿にした!」
「えっ! 誰も馬鹿になんて……チキの天然パーマこそ他には無い可愛らしい奇跡的な髪質だと思うけれど。しかも地毛が金髪って珍しくて良いんじゃ――」
「だって長い黒髪がお求めなんでしょーっ。そーですよセックスの時も乱れませんよ、胸も無いから……もうバカ―っ! ハッキリいいなよ、私が邪魔ってーっ!」
「ちょっとチキ!」
ソファに寝っ転がりネコのように丸まって顔を埋めるコレがこの一週間で一番意外な成果だった。チキの卑屈スイッチが何処に隠されているのか解らず僕はロリコンであるからしてチキみたいなコは好きであるが……チキの乙女心はかなり繊細である。自分の身体と胸の大きさ、地毛の太さ硬さ鋭さ色素の濃さがゲインより劣っているという事で僕はゲインの方が好きなんじゃないかと思い込んでゲインを恋敵としている様なのだ。
僕はそんな可愛い事を考えているチキの方が好みだよとゲインの居ない時にちゃんとその旨を伝えても、どうしても、自分が劣っているという考えを改めてくれないのだ。そんな所も好きなのではあるが、その壁を打ち砕かない限り二人を平等に恋愛する事は難しく、出来ないかもしれないという事なら案外、簡単な話なのかと一歩を踏み出す。
「ゲインは以前『抜け駆け』をしたのは確かだ、じゃあ平等にチキとも。良いかい?」
「え……いいの……?」
「だってゲインとしたのにチキとしていないなんてオカシイじゃないか。気付いてやれなくてゴメンよ、簡単な話だった、僕は二人の恋人なんだから」
「うん、そうね。それは良いと思う。私も負い目を感じていたのよ」
「え、だって黒髪がっ……て」
「満場一致だよチキ。セックスをしよう」
「えーっそんな突然……ちょっと待って!……先行っててーっ!」
チキは押しに弱いのか僕がただ鈍感だったのか、難しい事はひょんな事で解決すると誰かの言葉だが本当にその通りだった。寝室へ行くと窓からライト様が覗き微笑んで、ベッドに仰向けになると事の初めを思い出す、張り付いた瞼を開けた時に見た真っ白な天井は聖母ライト様の「おかえり」の意で眼球に光を感じさせてくれたのだろう……。
もうこの世界に染まって、ライト様の光が怨念で影っていても、ちゃんと雲の後ろに神々しいライト様が居ると、僕も頑張ろうと思える気持ちが膨らんで有難みを感じ……
今日もこうやって生かしてくれているのだ。チキは足音を立てずに、ドアを閉じる音で緊張感が伝う。あの時とは違う、もっと愛のあるセックスをしますと誓うのであった。
僕たちはセックスをし終わった。随分と早い愛の確認だった。なぜならばチキは既に愛が零れる程の状態で唾液を交換し合い、華奢な身体を優しく抱くだけで達した彼女は僕を文字通り肉布団として倒れ、スヤスヤと涙を溢しながら眠ってしまったのだ……。
僕も僕でソレだけで満足してしまい、眠るチキの背中を手でポンポン優しく叩く度に涙が溢れてしまうから……ウン、こういう愛し方も良いなあ……と思う次第であった。
薬……か……。チキのように心が寂しい人にとっては愛の増幅として重宝する様だが僕の知っている限りではそんな生やさしい代物ではなかったものをーーーが飲んで今が在るのである……が……何故ーーーは元々ヤクだと嫌っていたものをワザワザ飲んだ?
ーーーという存在が謎めいてチキの柔らかな髪を撫でながら其の疑問を思い出すと、
ーーーは浮気をする為に薬を飲んで、ラジオを使って異世界に行って戻れなくなった。
……薬を飲む必要性はドコにある?……それもチキのものを盗んでまで、異世界に居る初仕事で恋した人に会う為に自らの身体もチキもゲインも捨て置いて行ってしまった。
そうやって考えてしまうと陰謀論だとか毒電波だとか、アホな思考の迷宮に入る事になりそうだ……僕は自らソンな格好つけた名前の面倒な所に行く輩ではないのだ……。
「あ……れ、寝ちゃっ……。うーん……良いにおい……」
「チキ、満足したかい」
「うーん……うん……」
「そんな一日の使い方はもったいないよ。ホラ、眼を開けて」
「そうだよねー。でも何だか良い匂いで……くわーあっ……久々だったから……」
「チキ、薬なんか使わないでも……。無理して使ってるんじゃないかな、使わない方が多分もっと長く愛を感じられた筈なのに、そのお薬は催眠効果もあるのかい?」
「くわーっ、はあ……なんか変な夢みてた、気持ち良いのに眩しくて……」
「え……眩しくてって……どれくらい?」
「んー、眼が痛くなるくらいかなー。段々つよくなって眼を開けたらーーーだった」
「それは……!」
危ない! また発作と誤魔化さなければ成らなくなる所だった。この世界に眩しいという概念が在る事はアヌの旧約聖書の読み聞かしで知った「神の怒り」であるからして僕が見た真っ白とはあの窓から見える聖母ライト様に何らかの異物が当たったかしたかどちらにせよ僕が聖母ライト様のほんの刹那の発光を確認したという事を裏付けるようだった。その意味は……ライト様はなにかを伝えたかった筈なのだ。それを僕の事だと断定するにはまだ早い、僕の見た雷のような一瞬を確認した人を探すのだ。僕は電撃が走ったみたいになって、上体をチキと共に起こし衣服を纏って居間へ戻るのであった。
「あら、随分と早――」
「ゲイン! ノゾミという猫はアンダカントに居るのだろう!」
「そりゃあ居るけど……いきなりどうしたの。それにチキは?」
「あ……いや、ウン、そうだよな。ちょっと葉巻を吸って落ち着くよ」
「―――、元気だねー……ふわーあ」
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