第26話「僕のして来た過ちを肉に」

「そう、名無し……いや、七七四番よ。判っているだろうがコレは自分でいった通りの『現在の残酷さ』だ。現実は非情なりと昔の人は良くいったもので現実は現在と過去、そして未来を差すのだ……理不尽な……我が儘な……身勝手な……そうだろう?」


 そういうと名無しは案の定、泣き止む。すると僕も少し嬉しくなった。僕と同じ事を考えて空回りオロオロし、他人から盗み聞きしたものなのにその考えを自分のものだと勘違いし、演説して認めて欲しい。その感情が僕とソックリであるからして単純な事、認めてやるのだ。仲間と成り共有し、そして依存させるのだ。そうするしか幸せに成る方法は無いと決め付け、その上に頑固一徹であるから更にカンタンな事なのだ。それを何故か僕は知っていてソレを解ってやれるのだから、この仕事の適任はこの僕なのだ。



「そう、未来は誰かに操作されているかのように、運命だとか安い言葉で象られているが、一瞬の事さえも悪意を感じる程に不幸が決まっていて、過去だって、未来はきっと文明が際限なく成長し、過去へ行ける機械みたいなのが造られ、歴史を未来の偉い人の良いように改変され、気付かぬうちに美しくなっていくだろう。……という考えを基にさっきキミは発言したようだね?」


 名無しはスッカリ僕の手中に落ち、うんうんと首を縦に振る。そして僕はこの仕事がこれからも出来るのであれば、どんどん片っ端から幸せにしてやろうと思うのだった。


「その説を僕なりに説いてみれば――君の過去がどうであるかは知らないが、未来人は君の知らぬうちに歴史を美しくし、蝶々効果でまず君がこの世に産まれるのか産まれたとしてもこんな状況になるのかどうかすら判別不能で、観測者のみが知る。現在とは、ほんの瞬きしている間の真っ暗な世界の中で過去へと、君の歴史へとなる。未来とは、混沌とし無作為で可能性が無限、蓋然性の推量は自らのアタマでしか判別不能であり、知識量で認識根拠は変わってゆくのだから、本質を見極めるには人一人の頭じゃ足らず本質を完璧に認識するには様々な観点、知識、そして一番に想像力が必要となるのだ。

 であるからして他人の手が掛かっていると感じるとなるならば、それは他人ではなく『自分』他ならない。世界とは自分であり自分を構成する五感とは自らの頭が最大限に造り出せた前世の再現と認識してみてご覧よ、前世の頂点はアダムかイヴだ、そこから代々進化してゆき、その成れの果てがキミを含め生きている総て、現在なのだ」


 僕はいっていて恐ろしくなった、この僕の口をペラペラと喋らせているのは、どこのどいつなのだ――人間の脳髄の記憶とは未知数だが――僕の頭は悪いし、ここまで口も達者ではない筈であるのに、さも当たり前に僕の口を媒体とし、力説させられていた。



 怒鳴らずに優しく語る僕の口は、いいたい事はこれで全部と言わんばかりにピタリと閉じ、これから僕に何をすれば良いのか判らない。右手のタバコもまた灰だけになって灰皿に落ちるのを確認すると、ドッと疲労が襲う。またタバコを……と思いマッチ箱を開けると無くなっていて、ここはヘルの自宅だ、マッチを借りようとヘルに視線を移すと、あんぐりして檻の方を見ているので僕も危機感を持ちソッチを見る……。名無しが立ち上って鉄格子越しに僕の前に立ち、ハンサムで爽やかな笑顔を浮かべている……。


「な、なに? なに? なんか変な事をいっていたから?」

「いやお前すげえよ……七七四番がこんなにスッキリして……。やっとこの檻も空く。まさかアソコからココまで……感服だ。良し、カネ持ってくるから!」

「いや、僕も何をいっていたか解らなくて、これで……良いの……?」

「良いも何も見りゃ解るだろ、最高だって! 報酬も弾ましたくなるくらいだ!」


「い、いやだっ! 独りにしないでよ!」

 ヘルは僕を褒めるし名無しは礼までするしで疲労も達して畳の上に横たわる。これで良かったのかもしれないけれど、ひとつ判った事は、僕の中に誰かが潜んでいる事だ。あんな事を堂々といえる質じゃないはずだ僕は……口が巧過ぎる、違和を感じる……。


 これは僕の力なのか、ヘルのいう前世の記憶を思い出しただけなのか、どちらにせよこの僕に握手を求めてくる名無しも僕と同じ力を持っているとヘルはいっていた……。名無しのご尊顔は、あの後ろ姿からは想像もつかない程ハンサムで、これが肉になると思うと……嫉妬からか清々すると、何が幸せに成れないだと顔に唾を吐いて手を払う。



 少しするとヘルは二階から溢れんばかりのお金かと思われる札束がサンタ袋からはみ出すくらい持ってきて、おまけの様な大量の葉巻とマッチまで僕の隣に置くけど……。

「なに……? これ……?」


「いった通り、報酬だ! カネはこれくらいしか今は用意できないけど葉巻とマッチで埋め合わせは出来てる筈だから! アヌのバーの借金を返して少し余る程度の額だ」

「借金……?」

「お前の恋人二人は何もいわないんだな……まあソコら辺は相談して決めたら良いさ。アヌもビックリするだろうなーっ。でもアヌには俺ん所で仕事したってバラすなよな、ちょっと照れるから。七七四番は大富豪から予約を受けていて手こずってたってのに、お前は良くやった、だから俺もお前もウハウハ! ーーー、こういう時は笑うんだよ! 

ガハガハって笑うんだ! ガッハッハッハ!」

「が、がっはっはっは……。でさ、僕の力って……具体的に何なの?」

「ワケわからん事を正当化する力!」


 僕はガクリと頽れる。この町の人はみんな適当だが、その方が良いのかもしれない。その方が断然、気楽に生きてゆけるだろう、そりゃ何百年と生きてゆくんだから……。


 この町の人のようになりたいと一応の尊敬しながらヘルに礼をいって生々しいサンタ袋を背負い、そそくさとヘルの家を出ると帰りしなに「また頼むぞーっ」と叫ばれたが何だかまた分からなくなって、聞こえていないフリをして曲がりくねったワダチを駆けながら……ヘルは、本当に何もしなかったな、こんな格好しているというのに……。と僕の中の女がまた出て来て残念がっている。僕の力は、そんなチンケなもんじゃないと誇示している自分も居る……。そんな僕は確かに何かしらの力を感じて、その力を発揮出来て仕事をし報酬を貰ったので素直に、ちょっぴり自信が湧いたのは事実であった。




 ワダチを走り抜けると流石に疲れて袖なし服が背中の汗を伝える。やっぱり汗臭いと彼女らに嫌がられるかな、腋も少し臭う……そうだ、着替えはもう乾いただろう、もう一度アヌにシャワーを借りよう。アヌのバーは判り易くて良い、あんなにきらびやかに極彩色でサイケデリックな家、バーでもそう無いだろう。汗が乾いて身体が冷えてきた

……早くシャワーを浴びたい。この道を曲がってこの家の隣に……あった!……が……

「はあ……んっ……」

女の喘ぎ声が聴こえたので、邪魔しないよう足音を潜めながらアヌのバーに近づくと、その声の発信源はアヌだった。そうだよな。と今更に気付いた。この町は眠りの町だ、外で誰かに見られている気がしながら自慰をしても誰にも迷惑はかからないのだ……。



 アヌは『親』になるべくしてなった存在だった。僕も抑えきれぬ感情をアヌに託した後、二人でシャワーを浴び元の格好になって帰ると、チキとゲインは腰を抜かすのだ。


「ああこれ……何だか知らぬ間に仕事を終わらせたみたいで、報酬だってさ」



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 あれ……僕はいつの間に初仕事をちゃんと出来るように、やり方さえ聞かされずに?

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