第23話「友達ができた」

 アヌとヘル……少女と大男を見ていると一瞬、何か映像が頭の中に現れて、僕は会話そっちのけでソレを解読しようとしていた。また、真っ白……そして次に……真っ黒。真っ白なものはこの世界には存在し得ないというのにゲインとの口論の時ソックリの、本当に一瞬だが、真っ白な壁の中で奇麗な長い黒髪の少女と僕が何かを喋り合っていた

……内容は一瞬すぎて判らないが、とても重要な事を……僕がその少女と一緒に何かを説いて論じている様な……互いに笑い合って……少女と僕が……ああ……酔いが回って溶けてゆく……その大事そうで意味深な記憶の氷が溶けて行くにつれて、アヌとヘルの声が聞こえてきて、我に帰って瞬きをすると、まるでまどろみ夢を見ていた様だった。



「これでまた信憑性が濃くなったねえ、ヘルは酒に強くなり、アンタは弱くなった」

「大丈夫だーーー、俺も最初は今のお前みたいな感じでオロオロ生きていたんだから。お前にチキとゲインが居るように、俺はアヌによって救われたんだ」


 僕はバツが悪くなってタバコを吸おうとした所を見計らったように、ヘルは僕の隣の席に座り近付いて、タバコを口に付けてタバコの葉を僕に見せる。僕はその意味を只、マッチが無くなったから火を貸してくれという合図かと思いマッチを取り出そうとすると、僕の咥えているタバコの先にヘルはタバコをくっ付け思い切り吸うと火が点いた。


「そんな点け方があるんだ、僕まだタバコに疎くて――」

「ふう……シガーキスってんだよコレは。俺なりの友情の証と捉えてくれよな!」


 そんなキスの仕方があるのか、何だかオシャレだ。友情……。僕は友情という人情に物凄い久しさを感じ、友情と愛情はどう違うのだろうと考えようとするが頭が働かず、簡単に同性となら友情、異性となら愛情と線引きするが、どちらも人情であり、素直に酔いも相まって嬉しくなった。人情……か。こんなに飲めたのも人情が在ったからだ。



「……ヘル。いや、ヘルさん……の方が良いのかな」

「コイツはアンタのひとつ下だよ」

「ああそうなんだ。じゃあ、ヘル。僕と……『友達』になって……くれないかな?」



 そんな初々しい頼みを、照れ笑いしながらいうのはヘルがゲイだからではない。逆に僕はゲイ・レズ・バイは其の人の自由なのだからと差別はしない。単純にこの強靭で、僕より大きな身体が頼もしく、性格もしっかりしていて礼儀も弁えて、ちゃんと苦労も紆余曲折を経てきた憧れと尊敬と何より、力の無い僕を補えられる心強い味方だなと、純粋に思えたからだ。この気持ちをヘルはどう思うか、友情か、それとも愛情か……。



「良いのか、本当に。俺は大量の人間を屠殺して、塩漬けにして缶詰を売り、前のお前からは金の亡者といわれる程、俺はーーーに嫌われてた事実がある。更に俺は根っからゲイだから、酔っ払った勢いが悪い方向へと行く可能性は……他人よりあるぞ」

「確かにそれは怖いけれど……じゃあ……先輩はどうかな。この世界の人生の先輩でもあるワケで『仲間』というと、なんだか利用しているように思ってしまうん――」

「お前……っ!」

 抱きつかれて一寸ビックリしてしまうが、ヘルの気持ちが何となく解って、そういうヘンな抱擁ではなく、友情が余り余って抱き付いたのだと理解した。僕はずっとヘルを見ていると時折、哀しげな顔や寂しげな顔をしているのを確認していたからというのも友達になりたいと思ったキッカケだったのだ。人を救うということは達成感や充実感で胸がいっぱいになる事が解り、僕も、前の僕も本当はヘルと友達になりたかったのではないかと感じた。……ヘルはずっと我慢していたように僕の胸で泣いている様を見て、僕も泣いてしまう。僕は人情をやっと理解できた、頭ではなく身体で感じるものだと。



「良かったねえヘル、やっと元々のーーーとヘルの関係に戻ったワケだ。人格は違えど運命は同じなのかもしれん……アタシも感動しちまったよ。丁度良いね、酔い醒ましのチェイサー飲んで少し、友達同士で外で暴れるのも良いんじゃないかい?」


 水だ! カラカラに乾いていた喉はお酒では不十分な潤いでずっと気分が悪かった。酔っていなければこの水は硬く、余り美味しくなかったかもしれないが今なら凄く……

消化器官が冷えて染み渡り普段は感じない水の味が分かるくらいに美味しかった……。

 ヘルも水を飲み切り一段落ついた所でアヌに「今日は人生で最高に美味い酒だった」と漏らし、僕もアヌも笑顔でうんうん頷いた。目的の外に出るために立って歩いてみると、千鳥足だ。下半身が別の生き物のように、意思の疎通が出来ずグラグラ動き回って面白い。壁を伝って歩いて、アヌは笑顔で手を振りドアの鈴と一緒に見送ってくれた。



 そうやって楽しく笑顔の中で外に出たは良いが……新たな疑問が生まれる……暴れるとは何だろう? 例えば赤の他人と一緒に踊るにしても、この町は眠りの町なのだから人っ子ひとり居ないワケで他に遊べるような店なんてやっている気配すらもないのだ。 

 僕が何かしなければと焦っている背中を叩いて、ヘルは笑いながらこんな事をいう。


「俺ん家に来ないか?」

 ここから北にある草原の中にヘルの家があるというのだ。……僕は考え過ぎなんだ、草原の中だから逃げる家も少なく、何かされて悲鳴を上げても誰も助けに来ないという恐れを感じるのは余りに失礼。だが少し訊かないとこの差別的不安は収まらない……。


「うーん。その前に僕は、この町に有る面白い場所が他に無いかを知りたいかな。何か暇した時に行きたいし……。そ、それか……僕の家に来るとかは、どうかな……?」


「この町の面白い場所がアヌのバーしか機能してないのは分かるだろ? 俺はチキには何故か好かれてるが、多分ゲインは俺の事が嫌いみたいで、というか一寸、込み入った話をしたいんだ。それはお前には恐ろしいことかもしれないが残念ながら俺たちはこれからこの世界で生きていかねばならないんだ、この世界の裏を見せておきたいんだよ。俺たち友達なんだからよっ! そういうのは共有していこうぜ!」

といいながら僕たちは既に北の草原の中を歩いていた。もう腹を括らないといけない、ヘルを信じよう。ヘルは僕をしっかり友達と認識しているんだし、僕が考えている様な惨い事は、ヘルは毛頭ないと言わんばかりだから、僕の唯一の友達を信用しよう……。



「そ、そういえばさ、今ヘルは人肉の塩漬けを作って仕事をしているみたいだけれど、元々は何の仕事をしていたの? 僕は件の妄想代理だけだったみたいだけれど……」

「酪農だ。今は動物を野に放ち、家畜の住処にしている。……誤解しないで欲しいのはその家畜は、普通に生活していたヒトを買ったものじゃない、この世界の自殺志願者を新聞やビラで宣伝して、自分から家畜になりたいと申し出て来たもんだけだからな」


「は、はあ……」

 ただ自殺するよりは良いかもしれないけれど……僕には到底わからない世界なので、自分から話を振って自分で話を逸らした。……木々が生い茂っていて空気が美味しい。深呼吸する際に空を仰ぎ見て、そういえば月の灯りが雲で遮られている事に気付いた。そして、草原の中にワダチが有るから僕はヘルに手を引かれずとも歩けているワケだがということは車が有るということだけれど、ヘルは僕と共に徒歩で帰路についている。



 気持ちは解る、酔っ払った後にこの草木の中を歩けば見晴らしも良いし空気も美味く心地良く酔いも醒めてくるという健康的な事は。だが車の存在は絶大である。有るのであればこの世界の認識をより素早く高められるものなので、ここは友達との会話らしくワザと遠回しに訊いてみようとすると、ずっと黙っていたヘルが「ああーっ!」と急に野太い叫び声を出すので少し失禁してしまった。ヘルは道端に置いてあった段ボールを指差しながら叫んだのですぐ理解は出来たが、だから何だというのだ、只の捨て猫だ。


 段ボール箱の中を見ればやっぱり捨て猫。黒い子猫が入っていて、段ボールに書いてある字は読めないが恐らく「拾ってください」と書いてある様な可哀想さがこの黒猫が鳴かずに視覚に訴えている。ウチで飼えるかどうか判らないので拾ってはあげられない僕はネコだったかもしれない、という疑惑が浮上していた事を思い出す。自分の立場を考えさせられるものがあるこの黒猫は僕を目ヤニの付いた無垢な眼でジッと見ている。



 美人さんなんだから目ヤニくらいは取ってやろうと手を伸ばすとヘルは段ボールごと思い切り蹴飛ばすのだ。僕は一瞬、殺意に近いものが芽生えそうになったが、同様に、ヘルの死人みたいな顔はより青ざめ冷酷さを増し、今にも殺しそうに息を荒げている。

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