第22話「酔っ払い談義」
「……では、本題に入ろうかい。ーーー、アンタはこのヘルの……何といえば良いか、外見と内面が全く違うヤツも少なからず居るだろうが、何だかコイツを見ていて例えばこんな死人みたいな顔してガハガハ笑うのは変だとは思わないかい?」
「見た目は処刑人みたいだけど、思っていたより陽気で人間的だなとは感じたよ」
「そうそう、アンタも感じるみたいだね。実際コイツは『それまでは』本当に、処刑人みたいに冷たく、非情で……やる気も無くて親の家業を機械的に手伝っていたんだよ。そんな可哀想な表情や雰囲気を見てーーーがここに誘って来させたのがヘルとアタシの出会いさ。そういう暗ーいヤツほど飲んで酔えば面白くなるから、当時のヘルはソレを気に入ってーーーたちに着いて行く様にここへ来るようになり、笑うようになって……
人生に希望の光が灯されたようでアタシはこの仕事を続けて良かったと嬉しかったよ」
「アラ、そんなに嬉しかったんだ」
「そしてカレコレ幾許かして当時のヘルは、たぶんーーーたちを見て思ったんだろう、自分の仕事がバカ臭いと親にいったと、酔っ払って随分な大事を漏らしたのをアタシは憶えているが、その頃なんだよ、妄想代理が流行り出したのは。さっきのアンタを見て疑惑から確信に変わった、やっぱり当時のヘルも親に妄想代理を勧められたんだって。
……何だかーーーを実験台にしたみたいにアタシはいっているけどねえ……。アンタがここに来る前にチキとゲインがシャワーを浴びに来たその時にだよ、ーーーがラジヲを消したがらないのは如何してなんだ云々きこえてアタシは、アンタはーーーじゃない、ヘルもヘルではないと実感できたんだ。……アタシは妄想代理の仕事内容を知らないが物凄く危険性の有る仕事だと思うよ。クスリだってそうだろう、副作用の無いクスリは存在しないし、作用が強ければ副作用も増す……そういうもんだろう?」
「……言わんとしていることは何となく分かるけれど、結論を先に訊きたいな」
「結論といったら『思うに』だよ? 妄想代理の仕事はただ寝るだけ、眠れば夢を見る
……そこに悪夢だって当然に在るワケだ。飽くまで推測だから話半分で聞いてくれよ。夢とは無限大だ、何でこんな夢を見たんだろうって夢もあったり、寝汗をビッショリとかいてしまう夢もあるし、体感時間が異様に長い夢だってある。妄想代理とは名前から察するに、夢とは妄想ともいえるからソレの代理って事だとしたら誰かの夢を代理していると考えられる。……夢の中でその『代理』をさせ続けられる事を強いられたら其の逃げ道はドコに、夢の中でどっかに飛び落ちて本人が死ねば両者の魂はドコへと……?どうしても夢から戻って来られないって場合もあるんじゃないかと……思うに、だ」
「それは妄想代理の内容の話でしょ。なんで僕が僕じゃないのかってのが――」
「簡単にいえばアレだ、俺もーーーも未だに夢の中に居て、眠っているアタマが勝手に起きて、アタマが勝手に人格をヘタに元通りにしたってこった」
「おいおい、アタシが話を膨らましたってのに! だが経験者は語るってのは本当さ。簡単な話だ、脳髄は人格がほぼ全てであって、その人格がアッチに行って帰ってこないだから脳髄は焦って無い部分に無理矢理な人格を形成したと、アタシたちは推論した。何となく本来の人格に似ているけれど何だか違うと感じて気持ち悪くなるんだろうと。お陰でこの推論に信憑性が出てきたよ、ヘルもアンタも殆ど性格が逆転していると」
案の定、酔っ払ってきて言葉通り話半分で聞いていたが恐ろしい話だ。でも、アヌもお酒を飲みながらいっている所為か、只の酔っ払いの
そうやって美味しいお酒を飲みながら、場の雰囲気を楽しんで、僕が考えに至らない大人の話を聴いて勉強になって、無礼講の中タバコを吸いながら論議するのも良いが、それはとても良い事ではあるのだが、僕の聴きたい事はソレでは無いのであった……。
「僕が『僕』じゃないのは信憑性のあるその、脳髄のほぼ全てである人格が無くなったから新しく似たようなのが作られた……という理論で納得は出来る。だけどそれは正直蛇足みたいなもので、僕が本当に訊きたいのはヘルがいった『ネコが人間になる』って言葉の意味する所なんだ。それも当たり前のようにいったから気になるんだよ」
「フゥーッ……俺たちもこうやって毎回のんでるからよ、アヌと二人で飲んでる時にはそういう話も始まるワケよ。今まで前のお前やチキやゲインに気付かれたら気味悪がられるから、こうやって密談を飲みながら交わしていたら色々仮説は出てくる出てくる。
……どうしても矛盾してる所が有るって気付いたんだ、お前もそうだと嬉しいんだけど俺の場合は何故、記憶を失くしたのに元々ゲイだったといわれてシックリくるのかとか何故、人肉の塩漬けの作り方を知っているのかとか、記憶の交差みた――」
「エッ!……じ、じん……」
人肉の塩漬けの作り方?……鳥肌が立って、またもジッと座っていられなくなった。
初対面で処刑人を連想したのはその所為か? 外に人の気配が感じられなかったのもその所為か? 妙にパズルのピースが埋まって行くように話が巧く繋がり過ぎて震えた手で目の前に有るワイン瓶を考えるより先にグラスに全部こぼし入れて……ワイン瓶では武器として心許無いけれど……しっかり立ち上がって距離を取り一応の準備を取る。
「……そうだ、脳髄が人格を作ったとしてもその通り本能とか理性とかが元々の自分とゼンゼン違ってるんだよ。これっておかしくないかって話だからまずは落ち着いてそのワインをクッと飲んだ方が良い。こんな糞喰らえ、俺も酔ってないと狂っちまいそうだ
……仲間である事は忘れてないよな? 俺はずっと独りぼっちで理解されず居たんだ」
ヘルはそんな事を、さっきまでの威勢は何処へやらと寂しそうにいうので僕は失礼をしてしまったと反省して、いわれた通りワインを遂に一本完飲し、僕の仲間のいう通りアヌに二本目を頂戴してこのおかしな本能や理性を吹っ飛ばす事にしたのだった……。
「……そういえばねえ、ーーーは妄想代理の初仕事を終えてからカネを持って来た時にアタシにこういっていたのを思い出したよ。『狂人学は勉強になった』と」
「フゥーッ……狂人学? なんだそりゃ。狂人から学べる事なんて有んのか?」
「アタシもこんな歳だけど初めて聴いたよ。ああそうだ思い出した、あの時それを深く聴いて知ろうとしたんだが、どこぞの酔っ払いがしつこいから話が聴けなかったんだ」
「ああ、あん時か。アヌが狂人学をアヘアへいいながら習得した時な?」
「コラ、臭わすようにいうな! ただでさえ今は理解し難い話をしているんだから」
「お前だって匂わしてんだろーっ。あん時はお互い御無沙汰だったんだから」
「……ま、まあ……ホラ、ーーーの顔を見てみろ! あからさまに苦悩してるよ!」
「なんだーっ? お前、まだ酔い足りてねえかーっ?」
「…………」
アヌとヘル……少女と大男を見ていると一瞬、何か映像が頭の中に現れて、僕は会話そっちのけでソレを解読しようとしていた。また、真っ白……そして次に……真っ黒。
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